2008-08-31

別な問題発生です。 また倒れてしまう用です。(^^)̥

すみません。 まだ復活できなくなりそうです。

ただ、「タフ」ですので、かならずまた立ちあがります。

                                      
                                                 タフより

2008-08-30

新規出直しで、明日からこのブログのタイトル名も変わります。   正式には明日ご挨拶いたします。

闘病生活がつづいてしまったため ブログをいきなり中断せざるをえなくなり、かつ復活した今も、後2年から3年は無理が出来ない状態かもしれないので、

ここで思い切って このブログ全体を仕切りなおしすることにしました。

「Q&A」活用の流れは 生かしていきますが、 タイトルもほぼ全面的に変えて この時期にあった形のものとさせていただきます。

そのへんは、昨日も説明させていただきましたので、ここでは重複は避けさせていただきます。

新しい あしたからのタイトルは

歌医人「万柔面相」の総合文化哲学

となるのですが、 そこにはいままでの「ビジネス哲学」の「ビジネス」の文字が消えることとなるわけですが、 その理由も昨日いちおう書いておきました。

このタイトルの説明も 正式には明日のブログに回しますが、

もちろん、かの怪人二十面相をもじったものであるところ、 歌医人(カイジン)というのは、そのままでは誤解されそうです。

癒し形の歌で、歌で病気を治すようなスピリチュアル系の歌い手がいたりしますが、 そういう神秘的なものではなくて、 あくまで本来の歌のあり方、正常で健康な歌のあり方のための医者という意味での命名です。

歌の医者ということです。  

ボイストレーナーは 声自体の医者ですが、 歌という心の世界、歌心の世界の医者ということです。

そのへんも含めて 明日いま少しくわしい説明を 挨拶文としてさせていただきます。

新しい旅路の出発です。

最終的に書いてゆくのは あくまで総合文化哲学の7つのジャンルすべてで、今のペースでは健康をとりもどしてもそのすべてを書き終わるには十年以上かかりそうです。

そのペースをさらに、ここで遅くしてしまうわけです。

アフィリエイトとかを 諦めたとかいうことではなくて、 大変でもむしろそちらのほうに思索を深くつっこんでゆくことになります。  ブランド方式でですけど(^^)。

「タフ」も たおれはしますが、(どんな宿命や運命があるのかは私たちには解らないのですから) でも 「ただでは起きないよ」ということですね。

倒れて起き上がる人が強いのであり、倒れない人が強いのではない。というのも、この広大な存在の中のひとつの哲学的真実です。   タフでありつづけましょう。 なにがあっても、 お互いに。

きょうは、ここまでとさせていただきます。

ありがとうございました。

あすからの新規出直しのブログもよろしくお願い致します。


                                        タフより

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genre : 政治・経済

2008-08-29

いきなり闘病生活が続いてしまっています。 さらに長引きそうですが、因が解ってきましたので、ここで復活しますが

ながい突然のいきなりのお休み大変もうしわけございませんでした。

会社のPCを使わせていただいている身ですので、いきなりのお休みとなってしまい申しわけありませんでした。

これだけ いきなり間が開いてしまったことからも、 ここは一まず、最初からやり直すような形にしてゆきたいと思います。 

タイトルも変えて新規出直しの形となります。

2つにしたブログ体制も止めて、このメインブログ一本にもどす体制もよぎなくされます。

そのへんのところを 今日は、もうひとつのブログに 最後の「挨拶」のような文を書きましたので、まずその文を読まれてみてください。

以下その文です。

@@@@@@@@@@@


闘病生活のような、ともか無理の出来ない生活が長引きそうです。 一時正式にこのブログを終了しておきます。
今月の13日の時点では、 いくつかの病院にて原因とかがわからなかった病気は 帯状疱疹が足に出た病気であることがわかりました。

今現在は 帯状疱疹後神経痛であることがほぼわかっています。

しかし、この状態は、長ければ2年か3年も同じ痛みが続き、かつ無理ができない状態です。  うまくいけば何ヶ月かで治まる可能性もあります。

わからない間は 会社のPCを使わせていただいている身ですから、いきなりブログを休むという形もよぎなくされてしまいましたが、 無理の無い形でならば、今後はつづけてもいけます。

しかし、 今までを読まれている方なら解ってくださるでしょうが、ひとつひとつの記事にかなりの精魂をかけた読み物ですので、 その深さとかクオリティー自体を落とすということはできません。

オリンピックもじっくり見ることもできなかった今回、それでも書きたいことはもちろんたくさんありつつ、 中途半端な質疑応答をここで再開しても意味ないですし、

柔道問題、バレーボール特集、サッカーの戦術論、フィギュアースケートの表現構成点の問題、等々、本質的には武道とスポーツの関係とか、今まで書いたところでもかなり重要な問題がまだ 途中のままですが、

それらのつづきは、かならずいつか復活させることを ここにい約束して

残念ですが、 ここはひとまず、 このブログは終了させていただくことにしました。

哲学の方のブログ(メインブログ)のみ、 「Q&A」活用形を中心とさせつつ復活させていきます。

ただし、 これも、ほぼ、最初からやり直すような形となってしまいます。

URL自体は、 今までどおりとなる形です。

http://arayata333.blog118.fc2.com/ (FC2ブログです。)

しかし、タイトル名も当然変えることになります。

たった、今ですが、タイトル名を決断して決めておこうと思い立ちました。

どうしても変更したくなれば その時はその時のこととして、 やはりタイトル名は ここではっきりしておいたほうが せめてもの誠意だと感じたからです。

歌医人「万柔面相」の総合文化哲学 http://arayata333.blog118.fc2.com/

としましょう。

読んでみなければなんだか解らないSEO対策にも逆行するタイトル名ですが、 これから歌でブランドを確立していくにあたって( だいぶ寝込んでもいたので歌にも影響はしていますが、これはすぐ回復できます。) 大衆的でありつつかつ内容も深い歌の世界を求めるとすると、こんな名前で 歌い始める必要があるなと思ったもので

歌医人「万柔面相」  (^^)。

これを タイトル名としたわけです。

ひとつの歌でも 歌と言える歌なら歌い手にとって万の歌い方があるというのがその名前自体のタイトル哲学で、

これで へたにもうまくも両方の歌い方で、しかし価値あるうたい方のみをそこに求めてゆくことになるわけです。

うまい下手よりも、そこに心があるならば、という歌の本質を、 一方では「なんだへたんなだ」とか馬鹿にされないように、一方では「雲の上の、庶民には関係ない歌い手」として敬遠されないように しくんでゆくわけです。

それようの仮面も作るつもりです。  朝青龍の被り物も 時と場所では使うつもりですが、 よく考えてみたらそれ一本にしぼると、かえって主張がわかりにくくなってしまいます。

なんでもない、歌の本質とは関係ないことのようですが、 わたしにとって歌の実践の世界は 「わたしのため」という世界ではないのです。

だから こうしたことが一番肝心の土台ともなってしまうということです。

いずれにしても、 このブログがいつか復活するときに、 URLは別になってしまうでしょうから、

この名前が 私のブログをもっとも端的に、てっとりばやく探す(見つける)方法となるでしょうから、 それで、この最後に、 唯一残すメインプログの 新しいタイトル名「歌医人『万柔面相』の総合文化哲学」も 今ここで決断しておきました。

歌医人「万柔面相」、自体は、充分考えた上での私の歌い手としての名前ですからね(^^)。



大腸の悪性のポリープが出来た時には、完全に一ヶ月は歌えるような声は出ませんでした。

もし、それが手遅れだったならば、 このブログ自体が永久に誕生してもいなかったでしょう。

さらに言えば、 私という人間自体が、同じ体つきの別な人が同じ両親の間に生まれていたかもしれない、 つまり、この宇宙や生命の連鎖がどうであれ、存在していなかった可能性もある存在、

そこまで考えなくても、不思議なありがたい命の連鎖に中にともかくさずかった命、 生物としての限界、運命宿命がどうあれ、

健康な間に、健康をもっとも大切にして、病気のときも、がゆえにこそ、まずは自分の命なりの最大限のその闘いを ここに優先すべきなのです。

どんな時にも タフであるべきこと、 どんな時にも一歩でも人間的な前進は続ける心、どんな時にもまけない歩み、 どんな小さくても自分らしい道をすこしでも進んでいく心、 これ自体は、みんな、どんな時にもどんな人にても その人の命の道です。  『タフ』の名前も消すつもりはありません。

しかし、 ここは、どうか大きな迂回のための、終了の道をどうかご理解ください。

たおれはしても、くだけはしても、けしてくじけてしまうわけではありません。

また、戻ってきます。

ここで、これ以上長く書いても、どうせ書ききれるものではないです。

なごりおしいような気もちとなってしまいますが、

あとは、復活の時、 カイジンマンジュウメンソウの活躍する時代が来るまで 待っていてください。

よろしくお願いします(^^)。

それでは、長い間 ほんとにありがとうございました。

最後に もいいちどメインブログのURLを書いておきます。

歌医人「万柔面相」の総合文化哲学 http://arayata333.blog118.fc2.com/

ありがとうございました。


                        タフより

@@@@@@@@@@@

「Q&A」活用形の路線は引き継ぎます。  そのほうが私にとっては 時間的に楽だからです。

かつ、対話哲学の路線を模索しておくことが出来ます。(最終的には 7つのジャンルのすべてを対話路線にしてゆくブログですから)

ともかく、今は無理は出来ません。 それは上記の通りです。

正式には あさっての日曜日からとなりますが、 さっそく 新しいタイトルでブログ自体は再開いたしますので、 宜しくお願い致します。

最初の内容は OKウェーブに歌にまつわる質問をたくさん投げかけていきます。 そのへんの質疑応答の哲学の世界となるでしょう。 

タイトル名から「ビジネス」という看板が外れることとなるのですが、 これはもう「ビジネス」については扱わないとかいうことではありません。  今の今それを標榜しても、効果が無いというだけのことです。

歌が すべて歌と言えるだけのものならば、すばらしい価値を持ったものであるように、すべての商品と言える商品は現代においては、価値の無いものは無いと言われています。  そこに通販やネットビジネスの世界を深く哲学して行くべき時代です。

しかし、今すぐこのペースで、一ワーキングプアーが 和の組織によるなんらかの正しいアフィリエイトやギャザリングとかの私らしいビジネスの土台を築けるわけでもありません。

となると、現在の私には 行動哲学的に言えば「ビジネス」を語るポジショニングがリアルな場においては特に無い状態となるのです。  ネットでも 長い過程が必要となるところ、それが今までの努力もそのひとつであったところです。(ここはちょっと解りにくいかもしれませんが、 今は手短にこう表現させていただきます。)

私の頭の中には、 感じることが大切となってくるこれからの時代にての、あたらしいビジネスの仕組みや、商品のアイディアがいっぱいつまっています。

銀行に入るだけでパニックとなってしまうような弱者の立場を長く生きてきた人間が 実は金融ビジネスにしても22世紀にはこうなっていくだろうという長い見通しを まだだれも語っていない地点で描いていたりするのも、これも総合哲学のひとつの力、 がゆえの逆説的な形での「ビジネス哲学」というタイトルのつもりでもあったのですが、

さすがに、こうなってしまっては、ビジネスを掲げるにはペースが遅すぎましょう。

今、ここで総合哲学の持つ加速度性をうんぬんしても、それもまた意味無いでしょう。

すべて 時を待つしかないところです。

存在の哲学の奥深くをたどれば、 いなかったかもしれない存在としての命が ここに「たった今」あり

がゆえにたった今これをこうして書いています。

人間みな、相対的であり、このへんは同じです。 ならば 今出来ることをそれぞれの人が精一杯いきればそれが 人間の最大限の道であることは確かです。

あせる必要は ここには無いはずです。

何があろうとも、わたしは じっくりとタフに すべてをゆったりと楽しんで、このブログをつづけてゆきます。

あさってからの このブログ、 新しいそのブログも どうか期待し、お楽しみにしていてください。

なにが始まるのか、 「Q&A」形式ですので、半分は私にも解らない世界、

ごいっしょに、またたのしい旅を始めてゆきましょう。

まさに哲学の冒険旅行でもあるブログです。

時間その他の都合で、きょうは、再出発のお知らせですが、 書いてる私自身ものたりないですが、なごりおしいですが、 ここまでとさせていただきます。

またよろしくお願いします。

ありがとうございました。  ながい突然のいきなりのお休み大変もうしわけございませんでした。


                                        タフより





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2008-08-13

「Q&A」時間短縮期間にて

8月13日(水曜日) 第291回

きょうは、病気で(笑)、お休みさせていただきます。

例の昨日書きました、脚の傷み(ある病院では原因がわからなかった)の範囲がどんどんひろがってきたのと、痛み止めがちっとも効かずにすこしづひどくなっていくからです。

「Q&A」は、昨日の夜、ともかくbragelone様の「人が おしえる・おそわるということは どういう事態か」というタイトルの質問への回答のつづき(一応の最終回)を書いておきました。

ひさしぶりにOKウェーブ(日本最大のQ&Aサイト)にも、もどってきたわけです。

でも、こんな体の状態ですから、そこまでが限度で、 もうひとつのブログの「Q&A」前面活用形のスポーツもののほうまでは手がでませんでした。

しかし、そちらのほうも再開しています。 スポーツと健康についての哲学、興味のあるかたはのぞいてみておいてください。 ただし、今日の分は、こちらと同じで休日モードです(笑)。

生物ですから 原因不明の病気には勝てません。  

生業のほうも、午前中で切り上げて、 なんとか医者に行く予定です。

bragelone様への回答のほうは、民族文化問題に触れています。  やはり今ですので、歌の問題にも触れています。

ここでの歌の問題、今日書く予定でしたところの ビジネスの世界と歌の問題については、上記の理由ゆえ、あしたにのばします。 ご了承ください。


それではきょうは以上です。

ありがとうございました。  ゆっくり、再開させていただきます。


                                           タフより

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2008-08-12

時間短縮期間にて

8月12日(火曜日) 第290回

時間が再び進み始めました(笑)。

「Q&A」の形で 時間短縮期間の時間短縮を続けていましたが、 一ヶ月もお休み期間をいただいたのですし、歌ののみ集中してきましたので、 この歌の実践を中心とした感性の哲学のあたりを、すこし説明しておきたいと思いました。

昨日の「千の風になって」については、くわしく書けばほんとうに長くなってしまいますので、すこしシリキレトンボですが、そのままにしておきます。

きょうは、『めだかの学校」という童謡について、すこし触れておきます。

滝廉太郎が「荒城の月」という歌を作曲して、西洋と日本の音楽の融合を生き生きと実現していらい、日本にはそのころすばらしい童謡がたくさん生まれていますが、  日本歌謡曲連盟でも主張しているようにそのころの歌は 言葉の一つ一つがとても大切にされて生まれています。

「めだかの学校」という童謡もそのひとつです。

こうした曲は 歌うほうも言葉から刺激を受けることが多いですが、 それがまた音楽と相乗効果を生み出していて音楽への理解も深めますし、イメージはそのメロディーラインとともにさらに膨らんでゆきます。

私たちの命の中の、五感のうち特に目にうつる大自然の水の中の光のここちよいゆらめきが、日本の肌感覚での風を感じる心地よさとともに、 それが音楽や言葉の写されて そこにイメージされてゆく作品です。

もし、こうしたことを理解しているのならば、 歌手と言われている人たちは本来なぜこの「めだかの学校」という歌を歌わないのか? 本来どの演歌歌手も声楽家も追及しないこと自体何か変だと思いませんか?

売れるかどうか ということにまず集中する音楽文化なんて異常です。

どうか、このブログを訪れたかたは、そのへんのことにまず気がついてほしいです。

人間の感性というものが無限である以上、こうしたすぐれものの作品は、歌い手にとっては、ほとんど無限とも言えてしまうほどの追求課題が この弱い生物でもある人間の心に宿るはずなんです。

わたしは、生物として歌を歌う環境としては最悪に近いような環境に生きています。

たとえばのどの裏の首の骨がヘルニア気味で、仕事でいちどは水も飲めないほど首をいためてしまったことがありましたが、このときは一ヶ月ほど声も 歌える形では出ませんでした。

こうしたことは山ほどあります。

でも、そんな中でわたしは、感性の哲学、感じる哲学を標榜する者として、あくまで真実の歌の追及をしてきました。

口先だけで 五感の哲学を語るのではないことを照明したいからです。

ですから、かならず、もしそのときにまだ声が出るかぎり、スタッフを雇えるようになって、ここからももちろん無料ですが歌を流します。

この「めだかの学校」についても、もっともっと歌の歌詞のすばらしさについてもつっこみながら、 音声やメロディーの節回し(正しい節回し)によって 歌の感じも無限に変化して水の光や その中のめだかの泳ぐ様子を 音声などをとおして 私自身が追求してゆく姿を 実際にいつかみなさんにも聞いてもらえるようにします。

たったひとつ、この童謡についてもお話したいことは山のようにあります。

でも、今は ひとつだけ、まずなんでプロといわれてる歌手の方がたが、こうした歌のあり方を誰も主張しないでいられたのか?  音楽産業のマイナス的なマジックの世界に気がついてほしいです。

プロの人たちさへ、 スター戦略とかビジネスの間違った形の中に巻き込まれてしまっているということです。

アンデルセンの「裸の王様」を つい思い出してしまいま(笑)。

音楽産業が 何の価値も着ていないとかいうのではないですが、それどころかさまざまな価値を生んでもきたわけですが、 本質的にはこんなにまでおかしな点にだれも気がつかないでもきたということです。

この情報時代には、新しいビジネスとは別のしっかりした音楽文化の道筋が生まれてこなければならないところ、 おそらく五感の哲学を語るものが その先頭には立っておく必要があるのでしょう。

わたしよりも、感性の深い、また素質のある人たちはたくさんいるはずです。

へんな言い方となってしまいますが、

すこしでも早く、 大勢の人に抜かされてしまうことが私の歌の実践での目標です。

でも、それにふさわしい立場の人間が 今はプロたちを抜かすときなのだと思っています。

たとえどんな環境の中からも、かならず「一番」の部分をたくさん積み重ねていってみることをここに宣言しておきましょう。

真の哲学の力を見ていておいてください。

ではきょうはここまでです。

あしたも「Q&A」ではなく、そのまえに、歌のとビジネスの真のあり方についてもすこし触れておきますね。


いつも ご愛読ありがとうございます。


                                           タフより


◎シーサーブログのほうのスポーツと健康を扱うブログも復活しています。 もちろんお休み期間ではないので重複とかはありません。   


URL :  http://rajyoya.seesaa.net/

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2008-08-11

時間短縮期間にて

8月11日(月曜日) 第289回

長い間 お休みさせていただきありがとうございました。   これで「お休み期間」は終了です。

まだ「時間短縮期間」ですが、 2つのブログは再開します。

歌の実践ですけど、 具体的にここに書ける成果は生み出せませんでした。 

しかし、確実なとある実践への踏み台を得ることには間に合いました。 

書きましたように、 どんな環境からであっても実力自体にはほんとうに自信があるのです。

感性の哲学自体が そういうものなのだとも言えます。

大勢の人に可能性のある世界です。

だから、これが出発できる土台が生まれれば、私としては成功したようなものです。

人から見たら まだなんの成果もだしていないでしょうが、 この「実践への突破」のためにこそ、一ヶ月もの間 歌に集中する必要があったのです。  

長い間 お休みさせていただき、読者のみなさまにはご迷惑をおかけしましたが、正式にはあしたからブログを復活させていきます。

メイン・ブログですが、時間短縮期間のうちにも、「ビジネス・ブログ」のタイトル看板をはずすかもしれません。  ビジネスについて扱わないということではないのですが、 むしろいつも実践的には中心課題でもあるのですが、ブログ内容としてはまず「感じる」という五感の哲学のあたりがしっかり理解されてからでないと、どうせ私の中の 次の時代のビジネスの世界の「見通し」の世界は浮かび上がってきません。

ですので、感性の哲学の世界を 私なりにおもしろくやさしく語る(だれでも、その世界の深みへと上ってゆける段階を哲学してゆく)形が中心のタイトルに、変えようと思っています。

ブランド戦略のようなものが、ともかく踏み出せたので、 中途半端なSEO対策は今は一切無視して、内容のわかりやすい表現のみにこだわっていってみます。

本当は、歌のついて、書き出したい気持ちになりますが、 書き始めると「中途半端に書いても意味がない」ということで、たぶん、どの書きたくなるテーマも一ヶ月分ぐらいになってしまいそうです。

ともかく、ここの「お休み期間」の成果は、ほんとうは大きいですから、 新しく変化してゆくメイン・ブログにはその成果の反映はでてくるでしょう。


でも せっかく歌の実践についてまとめるとお約束したのに、何も書かないのではつまらないでしょうから、 ひとつだけ いそいで書いておきますね。

最近、「千の風になって」とい歌の歌詞に感動しましたので、 この曲も歌う曲に急遽加えることにしましたが、 

有名なはやりの歌ですので、みなさんのほうが歌詞とかすでに知っているかもしれません。

しかし、この歌を哲学のほうから考えると、まずは、死んだ人は土に帰る(土になってしまう)という点と、風になって吹き渡る死者のイメージは、これは正確には、残された私たちの命の中の想像力の世界に、こうした「深み」のある 命への愛情と大自然とがひとつとなるようなイメージを持つことができるということを、まずしっかりと厳密に考えておくということになります。

死者からのポエム ということ自体イメージとして捕らえるということです。

神秘の世界を簡単には認めない立場です。

しかし、この神秘の世界(スピリチュアルな世界といわれてる人たちの語る世界)にも、最近はかなり深みがあります。 哲学の世界からも 無視できないものがあります。 いつか詳しく書いてみますね。

私の場合は すべてまずは、あたりまえの、食べたり、遊んだりするときの心の交流の深みのようなもの、あるいは本質的に深く言うなら肉感的愛情の中から、すべてを考えます。

死後のことはわかりませんが、まず、わからないことはわからないとことして厳密に考えて 「命」の中から答えをさぐります。

でも、そこからこそ、自然なそして厳密な一神教の解釈も、多神教の知恵の世界の解釈も正しいものが生まれてくるという確信もありますし、 むしろ「永遠の命」ということこそ、イメージとしてではなく私たちの理解のうちにあるべきものという「感性」を得ることができるのだと思っています。

何も押し付ける権威の必要の無い自然な感性のひとつとしての信仰の世界とも言えるかもしれません。

「千の風になって」という歌の中に「死んでなんかいません」という歌詞がでてきますが、 このこと自体はたしかにそのとおりでもあるということです。

ただ、わたしには、その状態がどうであるとかいうことはまったくわからないということです。 いや、たぶん土や大自然の物質に混ざってしまった死んだ肉体にはもちろん、もう意識はないですし、その意識がどこかに遊離して浮かんでるとか あるいはここに超自然をもちだして、霊の世界となって生きているとかいうことは無いのではないかと思っています。

でも、神は超自然なんです。  (やっぱり、書き出すとどうしても、簡単には書けなくなってしまいますね。  たったひとつの歌の解釈について書き始めただけなのにです(笑))

今 説明はできないですけど、これは一神教の神様のことです。

そして、これについては「物質も その超自然も、 だれかが創ったものではなくて、最初から在ったのだ」と簡単に考えてみておいてください。  そうでないと「心のどこかで私たちは嘘を」自分に対してついてしまうことになります。 どこかで厳密性をごまかしてしまうということです。

ともかく 存在はその超自然の力とともに存在してるようなものなのです。(詳しく じっくり書かせていただければ 誰にもわかる説明をしてゆくことはできます。)

そして、それは文字通りのすべての創造主ということではないですが、 この命の「贈り主」であることは確かですし、 その力も私たちの脳では考えられないものがあるということも確かです。

ただし、神は何もしていないのと同じようなところがあります。(やっぱり ちゃんと説明が必要なところですが、ともかく ここは読み進めていってみてください。)

つまり、ある意味神はいないのと等しいということです。

神は私たちを助けてくれる存在ではないです。 私たちの命、私たちの生物としての苦しみとか希望への道とかすべてに何もしてくれる存在ではないです。(これらのことは、 つぶさに実際に五感を考えてみれば推理は ほんとうは簡単でもあるのですが・・・)

私たちは 頼るとか言う意味では神から自立しないといけない存在でもあるのです。

が、よく考えてみてください。  

神によって命が「生まれているのなら、 そして、そのことに気がつきえるものがこの命の中にあるのですが、それに気がつくか否かを別に、神にとって命の存続、したがって「記憶の存続」は難しい創造課題ではないということも確かだということです。

だから、すべては おそらく、私たちが生物として自然な形で愛し合える中にだけ その深みのなかにだけ、その幸せや意味の自覚のなかにだけ、 命の問題の答えがあるのです。

おそらく それ抜きにはいくら考えても、この答えは出てこないというのが哲学からの見解となるかと思います。

ふつう、 この「千の風になって」の歌は 神秘主義(特殊な能力の人?)か、あるいは想像力の力でそれを現実であると錯覚して歌うか、あるいは想像力自体を楽しむという解釈で、またはそんな気もするとかいう日本人的信仰とかの世界で 解釈して歌うことになるかと思いますが、

こうして、私の場合は、大自然と人間の感性の深みを追いかけて しかも、その奥に実際「死んでなんかいない」という命の真実をも歌いこめながら歌えるはずだということです。

命の希望の意味を、この現実の生活の大地の中から歌いだすことができるはずなんです。

ポエムとしての深さは、この歌の作者も、テノールの名前はまだ覚えてないのですが、テレビでも有名となった朗々と力強く歌う方も、それぞれ深いものがありますが、  こうなると、 こういうふうにこの歌と出会った私は、声量とかでは彼らにはかなわなくても、 表現の世界では彼らにも負けるわけにはいかなくなるということです。

ごめんなさい。

きゅうきょ、今よていより早く生業のほうで、仕事が入ってしまいましたので、 ここできょうは終了します。

あしたから ともかく 歌のことはともかく、また「時間短縮期間」ですが ブログをまた再開します。

よろしくおねがいいたします。

ありがとうございました。


                                         タフより

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2008-08-01

お休み期間にて

8月1日(金曜日)  第288回

きょうから 10日間、すべてお休みします。

急遽ですが、 歌だけに集中する必要を感じました。

ご理解、ご了承のほどよろしくお願いいたします。

この結果については 期待しておいてください。

10日か、11日に、 お休み期間のことをまとめて、 それ以後、もとに戻します。


                                            タフより

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