2008-07-31

お休み期間にて

7月31日(木曜日) 第288回

発行が遅くなったかわりに、今日は歌について少し書きます。

OKウェーブでの回答の中に モンゴルの文化について触れようと思っているのですが、 「Q&A」は 相手のコメントに合わせて回答を深めていったりするため、まだそこまでいっていません。

ともかく、モンゴルの文化で最大でかつ伝統的な文化は馬頭琴の文化なのですが、(ホーミーという独特の歌唱法含んだ歌劇団のようなものも盛んのようですが)、これは第一代の師匠として大勢の人から認められているスラシという人からそのさまざまな改良が重ねられ今は4代目の研究者や演奏者達が活躍してい時期だと言われている世界です。

∞∞*
すみません、また書きます。  (この部分は その時消去します。)

∞∞∞*


(消去しないで、このままにしますね。  発行が遅れる原因にはPCの問題もあります。 立ち上がる時間が15分から一時間半まで一定していません。 今朝は30分かかりました。  これがお休み期間のリズムをさらに狂わせています。   しかしお休み期間の内になんとかしておかなければ、つまり10日すぎてからではブログ自体がやっていけなくなります。  なんとかします。、

間が開いたのは 設備業だからです。 時々予測外の時間帯に仕事が入ります。)

では、つづけます。


∞∞*

ヤフーの検索で 「馬頭琴 リポー」と打ち込んでみてください。 リポーという人は上記馬頭琴の師たちに4代目の中でも一番の実力者として知られている方で、現在は日本に住んでいるとのことです。

その3ページ目の、ユーチューブの「命の祈り」と書かれているところを開くと、彼の演奏の映像を見ることができます。  静かで豊かな音色の演奏です。  是非見ておいてください。

もとは、砂漠の村や町にて歌の伴奏として発展してきた馬頭琴という弦楽器は、こうして、現代では素朴で珍しい楽器というだけでなく、世界中の弦楽器の中でももっとも、テクニックも演奏法も豊富で、表現力も豊かでありえる そのような弦楽器として磨かれてきたのです。

技術の世界だけでなく、彼らは 全員が素朴な草原文化の生活やその原点の魂を見失ってはいないといいます。 大地にねざした文化の世界です。

其の帰結の1つが リポーの「命の祈り」の演奏である事を心に刻んで 是非なんどか静かに聴いてみてください。

また そこからは、国上げての民族の魂からの文化を応援してい姿をそこからも垣間見ることができるところです。


日本の歌の世界の場合はどうなのでしょうか?

原点は日本にも無かったわけではありません。

その1つとして言われている世界で最大に特徴的でかつ質も深いものがあったのが 戦前に命をかけて平和を歌った演歌師と言われる人達です。  

それが戦前の流しの伝統の世界ともつながり、 戦後のマスコミの流れの中でも最初は その精神もなんとか生きていたと思います。

優れた言葉での訴えの世界です。   

そして現代にて そのへんの時期の言葉の大切さについて語っているのが日本歌謡連盟の方がただったりします。

彼らは 日本語による歌の抑揚の世界を研究してもきました。  これは、もともとの歌の心のパワーからの抑揚や強弱の世界からは、その表現力の一部ではあるでしょうが、 おそらく特に日本の歌で今後さらにさらにその学習の重要性が認められてゆく世界でしょう。

もちろん、もし私に多少のお金があれば、私自身も真っ先に勉強したい世界の1つです。

理屈は知っていますが、直接に学ぶべきところと思っています。

しかし、あくまでも大事なのは もともとの命がけで平和を訴えた精神こそが 日本の本当の歌の世界だったということです。

私が聞いた数少ないその頃からの流しの歌では、 グルーブ感が今の歌の世界とはまるで違っていました。

声のうねりが 大地の広がりを捕らえていました。   そしてそのへんは 大陸の馬頭琴の演奏の雄大さとも似ています。  と同時に、もちろん日本人としての 細やかさ、細やかな自然観が反映された歌い方のものでした。

人が本気で命をかけてでも歌う時というのは、まさに無心に歌そのものの世界なはずです。

だから、彼らの歌には 本物のパワーが宿っていたのです。 

日本にもそのような歌の原点の世界はあったのです。

こうして歌について 書き始めて見ると 書きたくなることは山のように出てきてしまいます。

本物の「人生哲学からの歌」の世界の 復活。

しかして、これを 普段むしろ喉等をいろいろ痛めてもしまうような生活の中から その精神がゆえにのみ復活をさせるというのは、 けだし個人ではたしかに難しいいろいろな壁にぶつかるところなのです。

ただし、 同じ日本人が、へたすれば極刑をも覚悟して歌ったそんな原点を持った存在であったのならば、 軟弱なこの私にしても、その詰めの垢をすこしでも飲む勇気はやはり 日本人として必要なのでしょう。

かならず、あと10日の内に、その出発地点をきっちりと掴んでみたいと思っています。

訴えたいことは、ここにても 山ほどありますが、 

・・・、

ここまでとさせていただきます。

きょうは以上です。


                                             タフより

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2008-07-30

お休み期間にて

7月30日(水曜日) 第288回

お休み期間にて、 かえって いちいち書く前に考えてしまいます。  普段のようにバーーーーっとはかけません(笑)。    まあ そのへんはしかたないところです。 

ともかく文筆活動としては、OKウェーブの「学問と教育」という大カテゴリーの中の[哲学カテ」で、次には民族とかかわる点でbragelone様の「人が おしえる・おそわるとは、どういう事態か」という質問に回答していくつもりです。

民族と歌の感性は重要な観点の1つです。 内容はかなり深いものとなっていくと思います。

興味のある方は、今の私の加熱地点でもあるので(笑)読んでおいてみてください。


                                             タフより

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2008-07-29

お休み期間にて

7月29日(火曜日) 第288回

焦りをあまり感じないのは 今は実力には自信があるからだと思います。  でも普通の歌の道と違って「歌の解釈」の世界の革命のような道です、 ここにはさまざまな問題が出てきます。

たとえば、 最初は実力を出さないで徐々に実力を出してゆく演出が必要だったりもするところ、これには私の現在の環境が重荷となるところだったりします。

最初から出すぎていればなんの問題も無いところ、少し出る形だと何を言おうともたたかれる環境です。

歌の本来の世界ではないわけです。  そして私という人間の体質が無意識的な面まで他人の批判に弱い体質でもあることもここ問題となります。 意識の面では 自分の道を厳密分析した上で行動(哲学ですから当然です。)であり、 他の人の基本差へ知らない段階からの批判なんて意味も無いことがわかっているはずなのに、 なんと無意識がそれ反応して、私の声がそれに規定されてしまうのです。

他にも問題はたくさんあります。 けして、わざと実践を遅らせているのではないです。 またけして遅いとは思っていない理由がここにあります。

このような場合には 朝青龍の被り物を被って歌うにしても問題が出てきたりします。 (表象や形象という演劇的な問題はクリアーしていますが)    例えば実力が出せないのならば、まわりからはこれはだから人気を得るための行為が必要だったのか」とかいった風に受け取られるでしょうし、それはもちろん朝青龍にかえって失礼な行為という結果を生んでしまいます。

いずれにしても どのように実力を出すのかが難しいところとなってしまうのです。

歌の問題には、言葉の問題(ラカペラですと、言葉をどのように大切にしているかは そのままでは解ってもらえない。)とか、 あるいはそれとショウの世界との技術的な区別の問題とかもあります。

しかも ホーミーのように国家で応援している形ですら そのへんがうまく行かないのであるならば、個人が哲学の歌の世界としてしっかりすべてを守りながら出発するというは、 大変なことなのです。

その辺の詳しいことは略していますが、 読者の方は、すこし理解しておいてください。

タイムリミットが半ばをすぎましたからね。

では、きょうはここまでです。

(なお、パソコンが立ちあがるのが、きょうは15分のどでしたが、昨日はなんと一時間半もかかりました?、 こちらもかなり翻弄されてしまってます(笑))


                                                 タフより

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2008-07-28

お休み期間にて

7月28日(月曜日) 第288回

すみません。  迷いというよりも、あがきという感じなのですが、歌での出発が出来ないあがきのようなものがあり、 それとPCの故障とか重なって昨日から何も書けませんでした。

「お休み期間」と断っていますが、 このブログの読者の性格を考えれば、ほんとは、何か一筆でも企画したくなります。  でも、今の今は歌の出発に集中させてください。

もしひとことで言うなら「あがき」のような感じです。  でも、ここの読者として以前から読まれている方なら其の中身を書けば何週間分ぐらいの量になってしまうことはもう信頼してくださっているでしょう。


OKウェーブ(日本最大の「Q&A」サイト)の哲学カテで、bragelone様の教育に関する質問「人が
おしえる・おそわるということは どういう事態か」というタイトルの質問への回答の中で、感性の教育の問題として、 今考えてる「あがき」と関わる問題の一部が書かれていますので すこしでも中身を知りたい方は 検索してみてください。

悩んでいる最中でも、こうした哲学の対話のような場では、回答するほうも勉強になることも多く 今だからこそ回答しているという面もあったりします。

こうした報告はしていきます。  時間的なあせりとかはまだ あまりありません。 そのへんはまだゆとりがあります。  タイムリミットもきちっと守れるでしょう。

しかし、仲間無しでの一人での闘いには、初動期にたしかに半端ではないものがありそうです。

もちろん、「タフ」ですから、 負けてはいませんけどね。

すみませんでした。

きょうは 以上です。


                                              タフより

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2008-07-26

お休み期間にて

7月26日(土曜日) 第288回

実際 野外とかで歌い始める時には、「哲学からのこぼれ花としての ラカペラの歌」といったのぼりのようなものを立てて歌うことにしました。    

商売とは明確に区別するためです。  これからの時代の模範のためにも私の場合はビジネスとは縁を切っておく必要があります。

きょうは、このことだけにて、

                                              タフより



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2008-07-25

お休み期間にて

7月25日(金曜日) 第288回

今日は 一日中迷っていました。 神様と私しか知らない悩みです。

もちろん歌の出発にあたっての悩みです。

サリバンは ヘレンケラーの何事も無かった暗闇に光を教えるべく混乱をもたらし、さらに喧嘩してでも強引に光の世界、心の光の世界をヘレンケラーの心にとどけようとしました。

結果 ヘレンケラーのかたくなな心が破れたとき、彼女は水の感覚と[ウォーター」が結びつき歓喜の叫び声を上げます。 「ウォーター、ウォーター、ウォーター」 始めて言葉を発した瞬間でした。

人間の脳はみな同じ可能性を宿しています。  ヘレンケラーにおいてすら・・・・。

その可能性を開くものであるならば 人間はどんなに人とけんかしてもいいのでしょうか?

子供には純粋な直観力があり、そのわがままさの奥には、純粋な脳による希望もあって息をしています。

が 、大人は そうはいかない。  その脳には、すでに多くの色が濃く濃くかかっていたりします。

希望は同じです。人間の可能性は同じです。  あくまで、そこに向ってつねに進歩してゆくべきなのもヘレンケラーやサリバンの教育の情熱の世界と同じです。

でも、 大人に対しては、 子供に対してよりも、 配慮が必要な時はあるものです。

喧嘩ではなく、配慮を、 北風ではなく、太陽を、  やがて太陽がどんな心の氷をも溶かしてくれるその日をいのりつつ。

最後の最後まで悩んだことの 簡単な描写だけしておきました。

これ以上の詳しいことは すべて神様と私の内緒のお話ですが。


哲学者にとっての神とは 何もしない誰も助けない存在です。 でも「母親よりも、サリバンよりもヘレンケラーのすべてを知っていて愛してもいたへレンケラーそのものでもあった存在」が神であることを知るとき、哲学者は神との対話を始め、 そして結局は ただしく生きた時、生き抜いた時に、そこから勇気をもらいます。    

お休み期間ですが、 今日一日悩んでしまったことですし、 哲学者にとっての神との対話とはという事例の1つを 記しておきました。  考えておいてみてください。


ありがとうございました。


                                               タフより

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2008-07-24

お休み期間にて

7月24日(木曜日) 第288回

昨晩は いよいよ魅かれる馬頭琴の演奏の世界をネットで試聴できるかぎりもっと聞いておこうとしていて同じモンゴルの文化の堺で有名なホーミーという独特の歌唱法の世界に関連画面として飛んでいってしまいました。

始めて聞くホーミー(二重音声)の世界は、たしかに想像していたものを上回る世界でしたが、一緒に出てくる下のほうの低い声はもともと土着の大地に生きる人達の魂が 高い楽器の響きのような声は、広大な砂漠の空や風の反映としてこれももともとは個人の感性の中から自然に出てきたもの、 総じて庶民の心の昇華の文化として理解できたのですが、

これが 今ではショウ化されている姿もさまざまな色合いで目や耳に飛び込んできました。

この純粋は民族の魂のような文化が アメリカのショウの世界からの流れに簡単に言えば毒されていっている姿です。

さすがに馬頭琴の世界は、国の優れた哲学者達の耳で国を挙げてその純粋さが守られていますが、
ホーミーは個人個人の能力とかにまかされてしまうところがあるため、 個人の哲学とか生活に大きく影響されてしまって、かならずしもそれが全面的に非価値的とは言えなくても、ともかくビジネスの世界に大きく毒されてしまってもいます。   国全体で しかもしっかりとした耳を持った人達に守られていればいいのですが、  個人だけではそのへもとがこれほど純粋な技術の世界でも 弱いという証拠なのでしょう。

詳しくはともかく、 反面教師を見ているようなきがしました。

長くなりますゆえ  きょうはこのへんにしますが、 これはわたしのこれからの道にも、深く再考察すべき地点として映っています。

では、きょうはこのへんで


                                             タフより
 

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2008-07-23

お休み期間にて

7月23日(水曜日) 第288回

きょうの「お休み期間」 お休みです。  ? ?

ともかく、おやすみします(笑)


                                       タフ

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2008-07-22

お休み期間にて

7月22日(火曜日) 第288回

今朝 コンピューターが作動しませんでした。  これは完全に故障かと思いました。 いよいよ今は歌だけに集中しろということなのかなと思いました。

でも、[Q&A」での哲学カテでの回答でまだ終わっていない回答があり それ気がかりでしたので、仕事の途中なのですが手が空いたので  再びだめもとでスイッチをいれましたら、 なぜか直っていました?

?   ともかく、それでこうして いそいで簡単に書きこんでいるところです。

OKウェーブの哲学カテでの質疑は白熱化しています。 よろしければ見ておいてください。

きょう、まとめの回答を書いて 終了します。

以後 しばし[Q&A」からも離れます。

ありがとうございました。

                                           タフより

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2008-07-21

お休み帰還にて

7月12日(月曜日) 第288回

すみません、今日は朝から モンゴルの楽器馬頭琴についてネットで調べていまいした。

いままで聞いていた ある若い女性の弾く馬頭琴は、それ自体は草原の情感が聞き取れて勉強になったのですが、日本人によるクラッシックの編曲のオーケストラの中に聞きろれる形のものでした。

クラッシックの音楽は 解る曲は 徹底してこんなすばらしい音楽は無いと感動しますが、わからない曲はまったく解らないままであることが、私の耳には多いところ、 その馬頭琴といっしょうに流れてる曲は解らない方の部類のものでした。  客観的に考えれば 明らかにわたしの耳の教養の狭さ(鋭さはあっても)を意味しています。  ただ、そのおかげで、せっかくの馬頭琴のよさが本当に解ってはいないのではという思いがありました。

今回(今日のことですが)ネットで いくつかすばらしい馬頭琴のみの演奏を聞くことが出来ました。

現代馬頭琴の開祖のようにしたわれあがめられている師たちの師と言われる方はスラシという方なのですが(彼によって演奏芸術としての確立が行われたということなのですが) その弟子達の2代目で一番有名なサントルンという方の弟子として一番有名なつまり3代目の最高峰チ・ボラグの馬頭琴演奏が、まず試聴できるようになっていました。

2代にも 他にたくさんの有名な馬頭琴演奏家がいて、 其の弟子達が3代目の伝承者として正統派を引き継いでいますが、 その弟子達の3代目継承者全体の中でもチ・ボラグは筆頭のようです。

さらに今では4代目まで正当伝承者達(音楽性、土着性、伝統の深さ、人間としての哲学の深さ全部において馬頭琴を演奏するにふさわしい人達とも言われている方達です。)として育っている中 其の中でもとくにすぐれた演奏家がリポーという人なのだそうですが、 その方の演奏も試聴できました。

こちらの体制が整っていないので他の試聴はできませんでしたが、 なんともっとも正統的な重みと深みをもった曲を聞くことができたのです。

二十歳の天才女性の馬頭琴でも クラッシック音楽の裏にても、中国弦楽器の音色の深さだけでなくテクニックの豊かさのあたりの自在さは聞き取れましたが、 それで今回 朝青龍の故郷でもある馬頭琴をこそアカペラで追求してみようと思っていたのですが、

それはまさに、思ったとおりのすばらしい楽器でした。  リポーの演奏などは想像を超えてすばらしいものでした。

どうせ、ラカペラの歌を最初に世に問うというのならば、このリポーの演奏の細やかなまたリアルな表現力の域に負けないものにしたいという欲がでてきてしまいました。

今回はそこまでは無理でも、必ず、やはり世界一豊かな演奏法を持った弦楽器であった日本のルーツの国の楽器馬頭琴こそ、ラカペラが学ぶべき最大の楽器(声帯模写ではなくて、楽器のかもし出す表現力や情感の広がりはラカペラというアマペラの歌でも学ぶところが多いのです。)だと思いましたし、その表現力の世界を盗んでみたいと思いました。

中国の二胡という楽器は、今日本でも有名ですが、この楽器の演奏では中国での第一人者の演奏を聞いたことがあります。 他の方の演奏もおもしろいですが、この方の演奏は表現の深みとして最高のものでした。  私のは声の世界ですから当然この深みも特に中国の音楽をラカペラにするときには追いかけるべきだと思っています。

でも 今の今はまず馬頭琴の持つ、テクニックの豊かさを追いかけていきたいと思っています。楽器自体は最高の弦楽器でした。

ギター、ピアノ、マンドリンと アマペラとシンクロする楽器は多いですが、 其の中でもやはり馬頭琴が最高でした。  

ほんとうは この4つの楽器の最高峰のCDとかを買い込み じっくり聞いてみたいところですが、 こういうときには、たしかにワーキングプアーはやっぱり いそがしいかわいそうな人(笑)なのでしょうかね。   やすいCDですらなかなか買えないのですからね。

たしかに私が はじめてラ音のアカペラという価値の大きいアカペラの世界を開発することになるようですので、 馬頭琴におけるスラシのように、それを最高度にする責任はあると思うのですが、 私がそのすべてを完全な者にする必要があるわけではなく、

その価値を 大勢の人にまず、知ってもらうというところから出発できればいいことです。

ここで「おやすみ期間」の意義を最後に書いておけば、それはこういうことです。

そのあ足がかりを 今回の[お休み期間」につかんでみますね。 ということなのです。

さあ

お休み期間のタイムリミット あと20日ぐらいですね。

どうか 読者のみなさまも、心の中で応援していてください。

では きょうはここまでです。

ありがとうございました。


                                          タフより

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2008-07-20

お休み期間にて

7月20日(日曜日) 第288回


今朝 ずーっと歌の実践について考えていました。

イザ、 ともかく今日から人前で歌いながら練習もしていこうと思っていたところ 夜中に体調がおかしくなり、 もしかしたらこういうことは神様と関係しているのだから、何かがまだ準備足りないのかなとと思ってしまったからです。

朝方体調は よくなりましたが、 そのおかげでずっと考えたり関連するネットを調べていたりしました。

すると 朝青龍の被り物を売ってるところがあったのですが、 何かを感じてそれをコピーし拡大して仮面にしてみたのです。

辰吉仮面の場合は ファンであっても、それを被って歌うのは演劇的にはつっかかりがあってやめたわけですが、

総合文化哲学をうたうならば、ぬいぐるみとか仮面とかで歌うものがあってもいいところ、 朝青龍の被り物ならば次ぎの給料日になんとか買って その口の部分は大きく切ってクラウンの口にして鼻にも赤い鼻の玉をつけて  それで歌えそうです。

最後に、何か足りなくて求めていたものは  やはり大衆性とか庶民性といったものです。

庶民的と言っても 簡単に私の考えてるラカペラの歌の世界を そのまなお笑い歌謡の世界でのトップを目指すものに変えても、 けっこうちぐなぐなものとなってしまいます。

たとえば、 「菩提樹」というドイツリートから生まれた日本での有名な唱歌は、 ラカペラならば是非 ドイツリートのピアノの味わいとかもともとの「冬の旅」の哲学をそこに歌い込めたいところです。

いわゆるお笑い歌謡の世界は 西洋の喜劇のような哲学性のあるクラウンの伝統のものではありません。   クラウンの世界はお笑いの世界であっても直接歌を崩したものがそこでその笑いとして可能だというわけではありません。 あるいは可能ではなっても それはその一部として可能なだけだと思います。

今この出発期に、 庶民性、大衆性の基盤も「みんなの哲学」の歌として確立しておくには、  ともかく何かが今一足りなかったのです。

とりあえず、その写真を拡大して作った仮面では斜めを向いてたりしていますので仮にという形にしておいて、  簡単に歌ってみましたが違和感はありませんでした。

これにモンゴルの馬頭琴の写真をボール紙に貼り付けるなりして、それを持って歌えば、大好きは相撲というスポーツへの恩返しにもなりますし、 日本人のルーツのひとつであるモンゴルの地や そこから日本にこられた力士の人達へのささやかながらの日本人としての「おもてなし」となると思います。

また肝(はら)での勝負、ぶつかる気合(意思決定の精神)のスポーツの横綱の気迫をなんらかもらって歌うこともできます。

朝青龍にかぎらず、相撲の力士の場合は 西洋の歌とかでもけっこうそのま似合います。

東洋の精神で西洋の歌を歌うにももってこいの「表象」とも言えます。

きょうは、まずともかく、ここを歌いながら追求してみておきたいとおもいました。

もし、昨日の夜中に神がほんとうに私の歌に求めているものがあったのなら、それはそのへんのことだとおもいました。


すっかり歌(日誌風)の日記となってしまいましたね。
 
でも このための「お休み期間ですので」どうかご了承ください。

タイムリミットとを書くのを忘れてましたが あと21日ぐらいですね。

3分の2をすぎようとしていますね。

今朝は すこしあせりました(笑)。

きょうは以上。



                                               タフより

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2008-07-19

おやすみ期間にて

7月19日(土曜日) 第288回

すみません、今日寝坊しました。(笑)。   あとで書きます。    この期間になれてきた証拠です(調子のいい言い訳ですが(笑)。

∞∞*

プログを始めて以来 寝坊というのはありませんでした(笑)。  歌うために体が睡眠を要求し始めたのかもしれません。

私のオリジナルの曲なのですが、 総合文化哲学でたしかにさまざまなほとんどの表現ジャンルに深く入り込んでもいるのですが、 私には作曲というものがどうやって可能なのかが今のところ全く解らないでいます。

たぶんその能力がそうとに無いということもあるのでしょうが、 歌っていると作曲家が神様に思えてくるので 恐れ多くてとても考えが及ばない(笑)気持ちとなってしまうのでしょう。

あるいは、よく思いだしてみましたら、 まだ体を壊す前には、夢で聞いた音楽(たいしたものではない音楽ですが)それをなんと音符に移していたのですから(これ、小学2年生の時です。)、この能力も体を壊した時に 耳から失われてしまったのかもしれません。

私は音符は読めませんからね。 全部 耳で音楽や歌詞を感動した時に、そこから音感をつかみ、歌えるようにもなるという感じです。

そうそう そんな私が何故、オリジナルの曲を歌えるのかというと、 これは、実は あの学生運動の時代に アジ演(アジテート演説)という人の気持ちを掻き立てる独特のリズムの演説方法があったのですが、   私は それを聞いていて  いったいなんという中身の無い、しかも思考がこんがらがったままのめちゃくちゃな理論を なんでこんなに熱くおしゃべりしてるのだろうと、 そのいいかげんさにびっくりし、   そんなら これを 歌のリズムにしてしまって中身をもっと実際に役に立ったり、人のはげましになるような内容にしてしまえば、すこしはましなのでは、 と思って、  

あまりにも あきれてしまったもので、 できごころで それを歌のリズムにしてみただけなのです。

そしたら、そこ頃所属していたとあるアマチュアの演劇サークルで その歌を発表したら まず、そこでみんなに受けてしまいました。

その後 農学校での学園祭でそれを発表したら 其の学園祭にて一番のアンコールを受けるという事態にもなり、 後から実に来ていた地域の農民の方からも「あれは良かったよ」とくちぐちに言われた歌となってしまったということです。

音楽性なんて何も無いとか思っていましたが 今から考えるとそうでもないと今は思えますし、歌はすこしは音楽性があるならば 歌心によって歌としての表現を高めることが出来るという1つの例ですね。

もとがアジ演のため、 それで ワン・フレーズに、かなりの文章をいれることができたりするというわけです。

あとは、いつか、ブログでも流せる目標も持っていますので、その時実際のその歌をきいてみてください。

きょうは、 其の点のみ お約束どうり書いておきました。

以上です。

いつもありがとうございます。


                                             タフより
                                       

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2008-07-18

お休み期間tにて

7月18日(金曜日) 第288回

第288回もだいぶ板についてきました(笑)。 焦ってはいませんが、歌はどうせ体力の快復にもあわせる必要とかもあります。   老人としては無理もしてきましたからね。


あさっての日曜日には 動きはじめようと思ってます。

「Q&A」のほうの 哲学のカテの方はかなり熱い論議の場となりそうですので、平行してつづけます。

興味のある方は 読んでみてください。(OKウェーブという日本最大の「Q&A」サイトの 「学問と教育」の大カテゴリーの中の「哲学」のカテゴリーでの質問に、私自身が回答を入れています。

「人が おしえる・おそわるということは どういう事態か」という質問タイトルへの回答です。 このタイトル文を検索に入れて検索したほうが早いようです。)

ありがとうございました。


                                          タフより

追伸。


( なお、 ホメラニアンというOKウェーブでの特別企画の中で質問されていた ある転職の悩みをもたれてる方が、 まだある結果が出ていないうちに質問を閉じられてしまいました。  このような場合で、なおかつまだアドバイスのフォローが必要な時にはOKウェーブではあるていどそれが可能なあとからの文を送ることも出来るようになっていますので そこはきちっと最後までは書いておきますが、 やはり、こう行った時には あくまでアンサリストという もうすこし結果に対して責任が持てる立場、質問者様のほうjもそれを求めやすい立場に、 私の場合はやくなりたいですね。  ここでは詳しくはともかく、かなり大事な観点が まだ回答できていないのです。 もし、その私の回答を読まれている方が、このしりきれトンボの形をどのようにフォローしたか知りたい場合は明日以後コメントください。 きょう書くつもりですので)



(悩みが深い場合は たいていはプライベイトな質疑応答となりますが、この場合は出来ればむしろ公開したほうがいい内容だと思っています。)

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2008-07-17

お休み期間にて

7月17日(木曜日)

いよいよ、ゆっくりしたペースとなっています。(?笑)

昨日は、“今のこの期間の間には「Q&A」も控えておこう、とくに哲学に関しては”と思っていたのに ついに哲学カテにて ある質問に回答を書いてしまいました。

bragelonというニックネームの方が 哲学の学習の過程からさまざまな真剣な質問をされていて、 その内の1つに対して、締め切られてしまっては再びこの質問はなかなか出てこないのではとも思え、 こちらの総合哲学、あるいは五感の哲学の方からの回答と書いていました。

書くスピードは養われているとはいえ、 ここで議論とかがはじまってしまったら 昨日だけでなくふたたび歌の練習時間が少なくなります。

でも、たぶん、これでいいんです。  本気で言葉と格闘していてこそ、言葉も含む価値をもった音楽の世界である歌を歌えるのだと思うのです。  

ラカペラというなのアカペラには、言葉は入れないわけですが、其の文其の裏には言葉の哲学の深まりとか言葉で掴むイメージとかが必要となったりします。 このへんの詳しい哲学も、ここではともあれ、  それでは、 きょうこそ、 オリジナルな曲には、歌詩を入れるので、その歌詩の最初に考えた最初の出だしの部分を書いてみます。

∞∞*

哲学する生き物としていっしょうけんめい生きた、其の時代の長老のような存在が哲学者なのだと思う。

哲学の解釈から生まれる哲学する生き物のための、哲学者である長老からの歌を、

ラカペラという名前のアカペラの歌を中心に歌い続けてみたい。

「いつの日か すべての人が助け合いに生きる、和の組織の実現をここにめざして、

いつの日か すべての人が助け合いに生きる、和の組織の実現をここにめざして」


∞∞*

というのが 一番最初に考えた出だしの部分です。  まったく同じ曲で、 ワン・フレーズにこれだけたくさんの言葉を入れることが出来る歌となっているわけです。

なぜ、そんなことが可能なのかは あした書いてみます。

ただ、この上記の歌詩ですと、 始めてこの歌に接した 通りがかりの人の中にその意味が飛び込んでいかない(笑)と思います。  ブログで解説しながらならいいのですが、 そうはいきませんからね(笑)。

でも 最初に「これだ」と思ったことの中には 其のぶんのエネルギーがありますので、この線自体は変えません。  これを、もっと解りやすい言葉にして、 これから練り上げていきます。

きょうは以上ですが、

この機会に、「Q&A」、OKウェーブ(日本最大の「Q&A」サイト)の方へは 是非登録されて そこの哲学カテのbragelon様の「人が、おしえるおそわるということは、どういう事態か」というタイトルの質問と、 昨日私の書きました「回答」を見ておいてください。

「学問と教育」という大カテゴリーの中の 「哲学」という小カテゴリーとなりますので、そこから探してもいいのですが、 そこからですと、今、其の質問はすでに、3ページ目に引っ込んでしまっています。

このカテでは 質問する人が多くて、書き込まれるペースはそうとう早くなっています。  

またほんとうは、そのほとんどが真剣な質問なので 全部に答えたくなるとことなのですが、もちろん今はそれどころじゃないわけ(笑)です。

ともかく それよりも、タイトル名を書き込めば検索できるところがありますので、 そこから検索したほうが早そうです。

では、
  
これにて、


ありがとうございました。

                                              タフより

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2008-07-16

お休み期間にて

7月16日水曜日) 第288回

第288回で止まっている(笑)、お休み期間 だいぶすぎました。 タイムリミットはあと何日でしたっけ(笑)。 ともかく8月10日までです。

でもあせりとかが 今回は無いですね。 

ともかく 歌の選定は もう少し時間をかけています。

きょうは日本の歌で歌う歌の発表ですが、 これら全部を実際には一箇所とか一定時間に歌うわけではないので、 それで順番その他の選定がまだきちっと自分の中にとらえられていないという感じです。

日本の歌では、 

「城ヶ島の雨」「砂山」「ひばりの佐渡情話」「赤とんぼ」「この道」「五木の子守唄」「浜地鳥」「旅鴉(泣くも笑うも)」「ゴンドラの唄」「荷物片手に」「椰子の実」「王様の馬」「浜辺の歌」「舟がくし」「ああ玉杯に花うけて」「青葉の笛」「涙そうそう」「ティンサグの花」「森の水車」「山男の歌」などです。

最後に書いた「山男の歌」は、山の歌ですが、山の歌というジャンルでもいろいろ考えていたりします。 理由とかは今の期間は抜きにさせていただきますが(笑)。 その山の歌で有名なのが「雪山賛歌」ですが、雪山賛歌もラカペラでもけっこうおもしろかったりします。 「エーデルワイス」とかもラカペラでの検討曲です。

一応紹介しましたが、 これだけというわけではないところ、 しかし実際に今回歌のはさらに絞られたものになるかと思います。

いつか 無料でPCからどんどん流していきますが、その時は もっともっと多いです。 アフリカの歌とかもでてきます。  お楽しみにしていてください。

きょうは以上です。     オリジナルの方は すみません。 あしたに伸ばします。



ありがとうございました。


                                 タフより

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2008-07-15

お休み期間にて

7月15日(火曜日) 第288回

すみません、この期間なりのものを書いてますが、 遅くなりました。

歌の実践での歌おうと考えてる歌として、つぎにはアメリカの歌を書く予定でした。

くわしくはともかく まず掲げます。

「遠き山に日は落ちて」 「コロラド川」「オオ・スザンナ」「峠に我が家」「ネリーブライ」「サマータイム」「思い出のグリーグラス」「オールドブラックジョー」といったところです。

あと外国の歌では、私達の関わりの深い韓国の歌もけっこう今回のレパートリーとしておもしろいと思ってます。

「プサンハンに帰れ」「別離」「黄色いシャツ」「モッポの涙」「カスマプゲ」  そして、すこしジャンルが違う北朝鮮の方の作曲した「イムジン河」という韓国の地の故郷と 国が再び1つのなる願いをこめた歌も 是非歌いたい歌となります。

後は 今回は一応(その場によっていれてゆくおもしろそうな歌は外国の歌でもまだいろいろ知ってますので この限りという事ではないですが)はしょる形となり、 他にはすべてが日本の歌となります。

それは、また明日書きます。

オリジナルな曲というのは、 ほんとうに即興のための歌という感じのもので、最初自分では音楽性も何も無い(作曲の能力がないので)と思っていたものなのですが、 若い頃、これがけっこう大勢の人に受けたので、 歌いかたによっては、歌としてはおもしろいなと 今も思えるところのものです。

きょうは、 その歌詞の中で かかせない詩がありますので、 その部分だけ書いておきます。

「 たとえ 悲しみがたえなかろうと、

たとえ、苦しみがたえなかろうと、

若者よ どこまでもあるきるづけよう。

どこまでも どこまでも あるきつづけようよ。


 たおれても、たおれて、 また起き上がり、

くだけても、くだけても、またたちあがれ、

倒れない人が強いのではなくて、倒れても起き上がる人が強いのだと若い頃きいたことがあるよ。

なにがあっても タフガイとなって、前にすすみつづけてみよう。


( ここまでは、同じ、リズムですが、 そこにいきなりたくさんのセリフを入れることが出来るようになってます。  なので、即興に何でも入れることが可能である歌ともなっているわけです。、  それはむずかしいですけどね(笑))

(そして、 最後のまとめの曲調に、ここで変化します。  ここからは、 歌詩はかぎられます。)

いつの日か 真の平和を勝ち取る日まで、 

真の平和と言える平和を勝ち取る日まで、

「希望の笑顔」だけは 捨てないで生きよう、

「希望の笑顔」だけは、捨てないで生きよう。


以上、 この部分は タフらしく、 かならず入れようと思ってる歌詩です。


ありがとうございました。 きょうは以上です。


                                           タフより、








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2008-07-14

お休み期間にて

7月14日(月曜日) 第288回

第288回から進んでませんが、メインのビジネス哲学ブログは「お休み期間」ですので(笑)。


歌の実践ですが、 ゆったり進めていれらるのは今はそれなりの達観があるからです。

のんびりしてるという意味ではないです。  

歌の選曲は、まだはっきりしませんが、 順をつけて、あるまとまりごとに発表してゆく形となるかとおもいます。

ここではそれとは別に 簡単にどんな歌を歌うのかを 列挙しておきますね。

ロシア民謡は マンドリンの音色がラカペラ(ラ音のみでのアカペラ)と合うこともあり、かつ日本のメロディーと似たところがあるので聞きやすく、 そこからはけっこう多くを選ぼうとおもっています。

「バルカンの星の下に」 「バイカル湖のほとり」「スランカラージン」「道」「カチューシャ」「トロイカ」「ともし火」「ヴォルガの舟歌」「郵便馬車の御者だった頃」「赤いサラファン」  こんな感じでいくらでも出てきてしまいます。

上記は わりと知られてる曲ですが、あまり知られていない曲でもわかりやすくていい歌はたくさんありロシア民謡が一番選曲とかに迷います。

西洋の曲では、 イタリアの明るい歌 「オオソレミオ」と「サンタルチア」と「ソルレントへ帰れ」は、ラカペラの発表としてもはずせない曲です。

「禁じられた遊び」と「マス」という曲は これは私が最初にラカペラにとりくむきっかけとなった曲で、練習用としては最適な歌です。  これもはずせないところです。  (「ラカペラの曲を世界中に届けたい」というブログが復活しましたら、 まずこの「マス」という曲でのラ音の歌の練習方法を書いてみたいと思っています。)

他の西洋の歌では かかせないところだけ上げると、「菩提樹(これは冬のたびのピアノ曲にて)」モーツアルトの子守唄」「ブラームスの子守唄」「シューベルトの子守唄」「 アベマリア」「ソルベーグの歌」「植入の宿」 といったところです。

ほんとうは ユモレスクその他のクラシック曲をたくさんラカペラで歌ってみたいのですが、 この期間には時間が無いと思うのではずします。

アメリカの曲も多いです。 

昔の歌にいい歌がたくさんあります。「古時計」という歌も昔から歌いたいと思っていましたが、これは時間をかけて今はやってる歌い方(この曲の昔の歌い方は日本の幼児用の歌となってしまっていて今のほうがいいのですが、 これが生まれた開拓時代の荒さの中の安らぎの世界は、哲学無しには復活しないと思っていますので)越えるべく  いまはこれもはずします。

すみません、 こんなふうに書いてゆくとお休み期間ではなくなってしまいますね(笑)。

オリジナル曲の歌も含めて  何日かに分けて書くことにさせていただきます。


なお昨日は 薬60曲ぐらいに絞った曲にて かなり練習ができました。  車の中でですが川原で窓を開けて 外での声の感じをたしかめつつ、 肩とかの力を抜いて歌うコツをかなりうまくつかみました。(このリラックスして歌う歌い方を どこまで どんな時、どんな状況でも使えるか   おもしろいところとなってきました(笑))

では、 あしたのこの    n
 
?  お休み期間も   おたのし  ?_に。


ありがとうございました。


                              タフより

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2008-07-13

お休み期間にて

7月13日(日曜日) 第288回

日曜日ですが、朝がた荷物を運ぶしごとが少し入っております。  お休み期間ですが あとですこしまた書きます。

∞∞※

オリジナルな曲での歌詞はあした書きます。 特殊な即興の歌詞が理想の曲ですので、常に変化してしまったりします。 それこそ当意即妙の良さも出したりできる歌となります。

やっと、おおよその選曲はできましたが、だいたい60曲ぐらいから さらにその場で変化させながらしぼってゆく形となりそうです。 これもあとすこし、練習しながらそのへんの対応としての選曲をしぼっていきます。

みんなのわりと知ってる歌ばかりですので、これもあしたあたり 少し発表しておきます。

∞∞※

以上です。 この期間 よろしければゆっくりバックナンバー等読んでおいてください。


「お休み期間」あとタイムリミット28日です。


ありがとうございました。

                                             タフより

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2008-07-12

お休み期間にて

7月12日(土曜日) 第288回

おはようございます。 あいかわらず時間は288回で止まっています(笑)。

わたしの歌える歌は 200曲ぐらいと少ないですが、ジャンルの幅がひろずぎます、哲学と似てます(笑)。

今朝やっと そこからアカペラでは何を歌ってゆこうか検討を始めることができた段です。

でも、これけして遅くはないんです。

準備が出来て出発できれば、その時点でほぼ成功かどうかは決まってしまいます。

その時トップの歌であるなにかがそこにあるなら そのままトップへの道はあっという間、そうでなければ何も起こらない、それがこの世界であるはずとも言えてしまうからです。

本来の歌の本質の世界のことではないですよ。 ほんとうは、競争とは無縁の世界をもちろん私は求めています。 そのような本当の歌の教育の世界をです。

でも今の今は 競争の泥沼の中にて、ビジネスを越えて哲学の世界が今のプロに勝利するという、その意味でのさらに大きなプロの責任を持っているということなのです。

でも この歌の選別からしてまずむずかしいものがあると感じました。

ただし、一気に決まったものがあります。  私の唯一のオリジナルの曲(即興の歌詞を付けやすい曲です。)の歌詞が決まったのです。  これが忙しい間は なかなかきまりませんでした。

あしたかあさって発表しますね。

あとは、歌詞無しのラカペラのみでの勝負ですから この曲でのみすべてをアピールしてゆくことになるわけです。

ラカペラというのは、ブログではまだ説明してませんでしたが、 ラ音のみのアカペラのことで、自分で開発し、自分で勝手に名づけた歌唱法の1つです。

誰も追いつけないとことまで 磨き切れれば、ほぼ決まりです。

今は あまりしゃべりたくないですが、 日誌みたいに 簡単な報告は、書いておきますね。


では、お休み期間ですので、 これで


いつも ありがとうございます。

                                  タフより

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2008-07-11

お休み期間にて

7月11日(金曜日) 第288回

時間は第288回にて止まっております(笑)。  

このブログお休み期間に入っています。   8月の10日までです。

その間 哲学のほうからの歌の実践に、すべてをかけてゆきます。  他のブログもこの期間お休みです。

この間に、バックナンバー等 ゆっくり読んでみてきださい。

もともと、わたし自身、50歳ぐらいまでは、たった一つのあることを追求してました。 そこから逆に幅のひろい総合文化哲学がうまれました。   ブログとしてはまだまだ始まったばかりですが、 どこから考えをすすめていっても、やがて総合的にも思索できるようになります。

その哲学からの「Q&A」は、 それ自体もこの期間お休みしますが、 もう1つのブログのスポーツものの「Q&A」自体は  いよいよ本質に迫る形で「質問」のほうはOKウェーブ(日本最大の「Q&A」サイト)にて、ゆったりとしたペースになりますが、つづけてゆきます。

最後のバレーボール特集を組んでいましたが、 そのバレーボールの世界の質問が中心となります。

この期間の必然という感じとなるものです。  手を抜くとかいうことは哲学からはありえないので、そこは安心してくださいね。

回答の方はすべてお休みですが、 スポーツものは「質問」はさまざまにつづけていきます。

これを機会にまずはOKウェーブには入会することをお薦めいたします。

手続きは わたしにも簡単でした(笑)。  (ブログを最初にメルマというところで始めたときには、うまくいかないでメルマに問い合わせをしながら 一ヶ月かかってやっと始めることができたものです。
あとから考えると 盲目状態の者と全てを知り尽くしたメルマに関するプロとの ほんの少しのすれ違いがずうっと続いていたという感じのすれ違い。  でもおそらく これだけ問い合わせつづけて一ヶ月も簡単なブログができなかったのは ギネスもので笑)。

あ 、お休み期間ですので、 これで失礼いたします(笑)。

タイムリミット あと30日です。

いつもありがとうございます。


                                        タフより

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2008-07-10

思い切って、一ヶ月休みます。

6月10日(木曜日) 第288回 短44

この第288回にて、しばらくそのままお休みします。

実は昨日 急遽朝方仕事が入って、朝はプログを書けなかったのですが、仕事が終わったのは早かったので、 さっそく予定通りの[Q&A」をコピペ使用としていて、  

むしろゆとりをもって考ることができたため、 その予定の[Q&A」もかなりプライベイトな内容であることにも気がついてしまいました。

そこであわてて、哲学のカテにでも新たに質問とか回答とかしてみようとして、 すでになんどか直面しているその困難さに ふたたび気がつくことにもなりました。

ほとんどの哲学カテにでている質問は 回答したくなる内容がほとんどです。 みんなかなり真剣です。 そこをさらに選んで回答するにしても、 真剣は真剣でもそこのみなさんの質問は、あるまとまった哲学をもてないでいるための真剣さのようなものです。

これに総合文化哲学の方から回答してゆくと、いきなりむずかしい論議となることが多くなってしまいます。  かなり複雑で読み解きにくいものともなります。

それなりに 大勢の人にも解りやすくと心がけると、 これには今は時間が足りないということにあらためて気がつかされました。

それと同時に、総合文化哲学(あるいは五感の哲学といってもいいのですが)がいかに大きな使命を持った哲学であるかも あらためて感じました。

夜遅くまで 検討した結果、 同じ事がたとえば経済のカテにての質問とかでも起こってしまうことにも気がついてしまい。

スポーツカテならば、かなり単純ですから、奥葉深くてもそんなに時間をかけなくてもきちっとしたものをつづけることができますが、   ひとく哲学全般をみわたしても、 他にはすべて時間のゆとり無しに  責任を持っての総合文化哲学からの筆は追求していけないと思いました。

歌自体は、商売とは別に考えていますが、 歌の特殊な形での実践は「タフ]ブランドというものを作ります。

ただ、歌の場合、私自身もよくは解らないのですが、神仏の世界と関わって創造が行われる世界です。 哲学からのスタンスがどこまで歌でのブランドの世界に繋がるのか 人間の脳では先の予測がつかないところがたくさんあります。

例えば日本での声楽関連のプロの人達は かなりの実力者でも西洋の哲学からのスタンスとは別なトークの盛り上がりで観客とのシンクロを実現化しようとしています。  圧倒的な声量と静養で直接学んだ音声と自分の中の音声へのある確信にもかかわらずです。

しかし、声楽の使命は、やはり、西洋の庶民のキリスト教精神の深い部分(教会の思想とかのことではないです。)、たとえばわけへだてのない母性愛とかいった部分の力強さです。 その哲学からうまれている西洋人のボディーから生まれた澄んだ音声の世界です。

また本来それが 神仏の望まれてるその世界のあり方の世界です。

スタンスの取り方というのは、真実を求めるとなかなかむずかしいものがあります。 というよりも人間の脳の力では はたして本当に出来る世界なのかは じっさいにうちこんでみなければ解らない世界とも言えてしまいます。

このことも詳しく書けばながくなりますが、ともかく、 こんなふうにブログに時間とをとられていたらいつまでたっても メドがつかないなと  昨日はさすがに思いました。

一ヶ月 もう1つのそれほど時間のとられないブログの方も休んでみます。

お休み という表示と、 その理由を簡単に書いた文だけを掲載してです。

メールといちがって 一ヶ月のお休みすれば、忘れらてしまう可能性は大きい世界ですが、 8月10日までと まずは期限を切って、そのタイムリミットは表示してゆきましょう。

あとは、失敗しようがどうしようが、賭けでしかない世界のようです。

そのために ブログの量をすくなくして「時間短縮期間」を工夫しようとしてきたのですから、その目的のためには ここにて全てをかけさせていただきます。

最初はアフィリエイトという目標があったので ブログの縮小を考えてこの体制にしてきたものなのですが、 そのアフィリエイトという目標のためにも、 よりよい未来への賭けとして、  

すべてを 歌の実践にいちど絞らせていただきます。

以上の理由から ここにて 一ヶ月ほど、 このブログお休みいたします。 

あしたから確か31日がタイムリミットになります。

カウントは始まりました(笑)。

よろしく。



                                       タフより


(追伸)

なお、その間にも [Q&A」は やはりOKウェーブを中心にとある模索はつづけます。 実際には書き込む時間は今の今は取りませんが、  大勢の方の質疑応答の分析は続ける形で、 8月10日以降の 今の体制を模索しつづける時間は取るつもりです。

すべてよりよいものの創作のためです。

どうかよろしくおねがいいたします。


ありがとうございました。

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2008-07-08

「Q&A」も作中です(笑)

7月8日(火曜日) 第288回 短44

昨日はすみません。 別に平塚の七夕を見に行っていたわけではありません(笑)。

実は お休みのお知らせは、きちっと書いたのですが、なんと「記事を保存」というところを押してなかったようなのです。 今朝見てみたら 7月6日が最初に出ていて 七夕の日の分(笑)は出ていませんでしたので、たぶんそれしか考えられません。

ともかく、いよいよ「Q&A」だけの体制となることになるということからも、 アンサリストの検討を始めるためにも日曜日には おもいっきり打ち込んでみたのですが、 これがある程度悩みを持った方にも アンサリストになってからのことを考えて回答したりしてるうちに、 ミイラ取りがミイラとなってしまった感じで書いた責任上個々対応の形に追われるという感じとなってしまったのです。

昨日は もうすこし別な観点からお休みの理由を書いたと思うのですが、いそがしいので忘れました(笑)。

日曜日の[Q&A」への集中自体は、いろいろの試行錯誤ということでいいとしても、 この形ですすめていっては[時間短縮期間」の『[Q&A]活用』体制ではなくなってしまいます。

それに、あまりにも個人対応の形がふかくなってゆきますと、 いかにニックネームでの質疑応答であっても将来大きなサイトにすべき哲学のブログとしてはプライベイトの領域に入っていくこととなってしまいます。

6日の日に書きました「心が折れそうです。」というテーマで質問していた方への私の回答のつづきは
こちらでは、打ち切りにします。

もし、そのへんを読みたい場合は OKウェーブの方に入られて[ホメラニアン」という特設コーナーを訪れてみてください。(手続きは簡単ですので)

ちょうど、いくつか続けて回答してますので、他のも読めると思います。 arayata333というニックネームを使って回答していますので。

こちらの場合ですと、内容がプライベイトでも どんどん公には後ろのページへと移動していくので、後々まで残りません。  それでかなり個人個人対応に突っ込んで買い手も問題は無いという形となっているわけです。

ここでは、すくなくともこの「時間短縮期間」は、そうした悩みを抱えた方の質問は扱わないことにしました。

またアンサリストは、 この「期間」にてはまだ始めないことにもしました。

アンサリストを希望するきっかけとなった ある問題をかかえた方の質問が途中で途切れてしまってフォローが必要なのにと悩んだ問題は  ちょうどどうやら取り越し苦労でもあったことがある検索から解ってきました。

そのへんは安心してよかったようなのです。

まずは、 歌に打ち込まなければ成らない時です。(なんども、言っていますが、まったく進んでいないわけではないですよ。 そのうちに報告とかでてきますけどね)

すこし出遅れていますので、この「時間短縮期間」はよていより長引きそうです。

ともかく このようなわけで 全体としては愉快似機転や頓知を利かせて回答できそうなものだけ選んで、 しかして哲学の幅広さをいかし、それをさまざまなジャンルで展開していってみようと思っています。

まだ模索中です(笑)。

きょうは、 昔私の書いた哲学カテだったと思うのですが、性善説性悪説に関する質問への私の方からの回答とかそこでの質疑応答を載せておきます。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞*


『孟子の性善説、荀子の性悪説』

質問者:fireball1

タイトルに関連したことでご回答いただきたいことがございます。

これらふたつの説、加えて中庸説などは、なぜ議論されるものとなったのでしょうか。

教育の必要性を説くことが目的かそれとも宗教の勧誘でもしたいのか…
考えてみましたがモヤっとするばかりです。

お手数と存じますが御教授いただけると幸いです。
お願いいたします。


質問投稿日時:
07/07/06 18:05

∞∞*

(上記の質問に対する その時の私の回答です。)
↓↓↓

ANo.2

端的に言って どうしたら大勢の人が善人になれるかという設問は人間にとって切実な問題です。
だから善と悪の因果を知ることは、誠実な心の人にとっては無意識からの心の要求ともなっているのだと思っています。

やはりfireball1さんも、その意味での誠実な心からこの二つの「説」をめぐる議論にモヤモヤを感じているのだとお返事から察せられました。

 こんなふうに考えられないでしょうか。

性善説は、子供の頃の純粋無垢な新鮮な特に昔の我々が森や太陽の光とともに暮らしていた頃の思い出からの自然な感覚から善を連想して、もともと仁儀礼智は備わっていると本気で感じ、それを、そういう民衆が信頼できる統治者のあるべき姿と結びつけたもの。 それに類すると言われている西洋のペスタロッチなどの教育理論も、そこから子供たちの長所を見つめることがいかに大事かを発見していったもの。 歴史的には、大いに人生に役に立ってもきた「説」だったのですが、仁にしても特に自然から離れた生活の文明人にとっては自然なままでそこに最初からあるというのは
甘い幻想となってしまう。
本性というのならば、性悪説の言う本来だれにも欲望がありそのままでは
争いが主となり礼も何もなくなってしまうとうほうが、本来そなわった性質の部分(部分ですが)をよく言い表しているのではないか。  でもなんです。 この欲というのは、切実な貧苦や病苦等にあえいでいる時はとくに争いの方にのみ発展しますが、欲があるからこそ切々と心が通じ合えたり、それが元気のみなもとになったり、だからこそ精力善用を説いて争いそのものの中に武道の道を追求したりするように、 経験上からはその「(部分)」をもって性悪説とするのは半賭けだ。

人間にあたえられた最大のもともとの能力は「自己や自分たちの状況を見つめ反省する能力」だし、それこそ大人がともすれば忘れがちな新鮮な五感の世界、星や川の流れやその光の世界、またそうした新鮮な「感受する側の心」の世界をさらに発展せせてくれる本物の芸術の世界による、心ゆとりが、初めて貧困さへ超えて人間の中に「まごころ(善のふりを自分の名誉保全などのためにいくらでも仮面をかぶってしまえばすることのできる能力を人間はもっている。その能力を純粋に善のための想像力として生かすのも、嘘の無いまごころが前提とならなければ真心自体が存在基盤をなくしてしまう。それも嘘かもしれないですからね。)」の可能性を生んでくれる。

 これは こんなふうに多くの経験を通した多くの知恵を学んで、その中から中途半端な論議は卒業されるべき ほんとに切実なこれからの社会の課題だともいえるのではないでしょうか。
わたしは 知識はけっこう貧しい肉体労働者ですが、むかし知恵はそんな人たちの中に大きなものがあるときがあると学校の先生から聞いたことがあり、n 自分も歳食ってすこしそうなれたのかなとか思ってます。
でも知恵は知識があってよりいっそう役立つとも聞いてます。
こんなふうに おおきな観点 おおきな度量から研究をされにつづけられてあなたのような誠実は研究者が これからの社会のリーダーとなられんことをお祈りしています。

              がんばってください。期待しています。
回答者:arayata333
種類:アドバイス
どんな人:経験者
自信:参考意見
回答日時:
07/07/07 20:28

∞∞*

(私のこの回答への質問者様の方からのお礼のコメントです。)
↓↓↓

この回答へのお礼

大変親切にご回答くださいましてありがとうございます。

人間が形成するこの社会の維持・発展を願えば、たしかに人間の本質を知り、生き方を考えることは我々の宿命なのかもしれません。

まだまだ私の経験や考察の乏しさから問題の本質を捉えきれることが叶いませんが、近づくことができたと思います。
見ず知らずの私に手を差し伸べてくださったarayata333さんのような“善人”こそ社会は求め、多くの思想家はそこを狙ったのでしょう。

本当にありがとうございました。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞*

哲学カテでの質疑応答は、ふつう大変な複雑な方向にむかっていってなかなか結論とかに向っていかなかったりまとめるのが大変なことになっていったりしますので  今は避けていますが、 このようにうまく よい方向にまとまる時もあります。

ほんとうは 哲学カテでの質問には特にほとんどの質問にそれぞれ回答したくなるのですが、ここは時間短縮期間ですので(笑)、哲学カテですと そうとう慎重に選んで回答する必要がありそうです。

性善説と性悪説の問題は、いつか、もうすこし詳しく、もっとおもしろくわかりやすく解説してみたいと思っています。 ともかく赤ちゃんの時の最初の言葉もまだ知らない時の笑顔は 人間の触れ合いの純粋は原点であり故郷のようなもので、 そこには善も悪もまだ何もないんですよ。

歴史的にそれぞれの説が社会的有効性があったにしても、こうして理論的には中途半端なものとして大局的に考えてゆく必要があるということなんです。

では きょうは、ここまでです。

いつもお読みいただきありがとうございます。

時間短縮期間ですが つねによりよい企画をと考えております。

応援よろしくおねがいいたします。

ありごとうございました。


                                    タフより

★もうひとつの本家「Q&A」全面活用形(笑)のスポーツもののブログのほうも すこしは問題とかもありつつ(笑)、順調に進んでおります。


◎「おもしろスポーツ『Q&A』」 (シーサーブログから)

URL :  http://rajyoya.seesaa.net/

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2008-07-06

「Q&A」への正式突入(時間短縮期間にて)

7月6日(日曜日) 第287回 短43

昨日((おしらせ))を付け加えたのですが、 この時間短縮のための(そのぶん歌に打ち込むための、当初はアフィリエイトにも打ち込む予定だったところの)期間を「お笑い色期間」とする形は とりやめにしまいした。

この形で「人生お笑い」のブログを書いてゆうこうとするとどうしても中途半端となってしまいます。(詳しくは昨日の「お知らせ」にて)

それで「お笑い」の要素は「Q&A」でも生かせますし、 そのへんはいろいろな場面で活用することで引き継ぐこととし、 こちらのメインブログ(もう1つ、スポーツものの「Q&A」ッ全面活用形のブログも この期間にてという形ですがつづけています。)も ほぼ全面的に「Q&A」活用形に移行することにしました。

それは、もう1つのブログにて実は内容とかはさらに充実したものにもなり、かつ他の人の考えもかなりまとまったものだけを掲載できたりする形になって、量も内容も豊かになりつつ、 けっこう短時間にそれが書けてしまう(不特定多数のほうが、いろいろ迷います。)ことが実際に解ってきましたので、

こちらでもやり方しだいでは、それが可能かと思い この期間にそのへんのさまざまな実験を兼ねた実践に踏み切ってみようと思ったからです。

今、かなり切実な質問への回答をつづけていますが、 それでもなお、そこに集中できるならばそれほど私の場合は時間はかかりません。  

「Q&A」は、たしかに難しい時があります。とくに質問者様が何か深く悩んでおられたりする場合、回答と“質問の裏の人生での悩み”の因果がずれてしまうこともあり、それが逆に心の弱っている質問者様のさらなる混乱とかにつながってしまう時があります。

そうした失敗も私自身くぐっていますので、いつも注意しながら書いています。

それでも 悩んでおられる状態の文面は、その裏の状況を捕まえていないからこそのパニック状態からの文面ですので、なおさらその短い質問文の把握がむずかしく、必死でくらいつくようにして その裏とかを読める用になるための闘いを続けるということになります。

時には すこしの常識をも破ってでも 対応する責任を感じます。

今回の場合もそうです。

では、きょうも、この重いテーマの質問への回答を つづけてみます。(ほぼ リアルタイムです。)

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞*

(質問者の方からのお礼文とかコメントとかは まだ添えられていませんが、 考えられる因も複雑です。  しかし、それがなんであれ、私も含め、 この質問者様への回答はお礼とかは関係ないです。
すこしでも元気になった様子が解ればいいなという気持ちはありますが、  それよりも 大切だと思うのは やはり何かの自分の体験や思索や知識とかが 役に立つかどうか   こんな状況の人には書けるだけのことを   ほんとうは常識なんかかなぐりすててでも 書き送りつづけることなのだろうと思います。)
↓↓↓
(もう一度、 質問者様の質問内容も掲載します。)
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『心が折れそうです・・・』

質問者:yno_opy

もう心が折れてしまいそうです・・・。
勤めていた会社は倒産寸前のため従業員解雇。しかも給料未払いのまま。
社長とは直接話せず、電話番をしている奥さんは「ないものはない、しょうがない」と開き直りの態度で頭にきます。
年も30を越えているため再就職は難しく面接しても不採用の通知ばかりで。まだ未婚(女)でしっかり負け犬組です。
両親のことを考えると早く結婚して子供もほしいです。やっぱ外見に問題あると結婚は難しい。。。ですよね(涙)
ダイエットをしようとジムに通っても効果は出ないし・・・。
友人に貸したお金は返ってこないし、半年車検の残っていた車を買ってもらえるはずだったのに相手は買う気はあるけど時間がないだの地元にいないだのと理由をつけて取りに来ない間に車検が切れてしまったし。

散々な日々です。
もう正直生きていることがつらくなります。泣かない日はないです。

今にも心が折れてしまいそうです。。。
こんな私を支えてください・・・。
困り度:

* すぐに回答を!

質問投稿日時:
08/07/02 18:28

∞∞*

(今回の 私の回答です。 前回の続きにもなります。)
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回答
ANo.4

ANo2です。  補足します。

ここはたしかに 誉めることを使命とする特別企画です。

誉めることで自分も元気になるし、心が弱ってる状態の時には時には叱咤激励した方がいいかなと言う時には その質問者の支えになるなるらと叱りもする人もでてくるかもしれませんが、 あくまで人の人生への尊敬を失うような人は ホメラニアン失格です。 そうでなければ、 叱ることもじぶんにとっても勉強です。

なにより勉強となるのは人の長所を 短い文面からの読み取らなければ誉めることはむずかしいという点です。

もちろん、書いているのは私も含めてただの凡人でしょう。  だから一生懸命書いても そちらの心にちょうどぴたっとは寄り添えない時もあるかと思います。

でも 私にしても、 ホメラニアンの企画だから あなたのことを誉めたのではないですよ。 単なるお世辞なんかじゃないですよ。

人の長所は たいてい真剣に悩んでいる時などはその文面ににじむように出てきたりします。

他のここの回答者様も 精一杯貴女の心や現実に、その回答者様の人生から本気で書いていますね。 文面からは、人が見えてくるんです。

おせっかいなことを言えば、 ANo3様の「あなたに会えて感謝します」という言葉にしても 文面の全体とかからはけして端たるお世辞としてのはげましなんかじゃないですね。

何かコメントがありますと、こちらも的をしぼりやすいのですが、「yno-opy」のところをポチッと押して そちらのプロフィールのページを見てみましたら、 だいぶ間を置いて ご回答にも顔を出してる様子、 ネット音痴の私にはそれ以上のことは解りませんが、  そちらの生活の重みのようなものを感じます。  うまくお礼文とか書けなかったら無理はいらないですよ。   みなさんの文の参考になるところをそちらの人生に生かしていただけるならば、 本当に何かの参考になるなら みなさん、それがうれしいだけで書いてるのですからね。

人生 いろいろな人がいますが、 ほんとうに真心の温かい人達もいるんですよね。

だから希望はなにがあっても捨てないでください。

こんな人達にも会えるかもしれないじゃないですか。

私は 子供の頃、めちゃくちゃな、これは学校の先生からのいじめを受けてからだをこわし、なんども死の床をはいずってもいる、そんな体験をしています。

はっきり言って 気がおかしくなった時もあります。

惨めでした。

そんな時に、 私はある友達に「ぼくは あの先生を生まれて始めて憎いを思った」とふと話たことがあります。  その友達は「気持ちは解るけど、人を憎んじゃいけないよ」と言いました。 その子にとっては本気でそういったものであることが今なら解ります。 でもその時は、それでまたひとつ孤独の中の落ちて行ったんです。

なんで、ぼくの言ってること解ってくれないんだ? それしか解りませんでした。

親も学校の先生がまさか、 とまだ信じてはくれていない時でしたから、そのあたりから私は 孤独の地獄にも入っていった記憶があります。

私には私の人生の背景があります。 ほんとうは 人を赦せれば その分また自分の元気や豊かさを広がったりもすることも知っています。

貴女なら それにすぐに気がつけるのかもしれません。 でもわたしの背景からはそれは なにか書けなかったんです。

けっきょく、私は私で出来る限りのことを、いろいろ書いてみるしかありません。

ほんとうにそれが貴女の心の支えとなるかは、 ただ一生懸命 あなたが少しでも楽になって欲しくて書いてみるしかないなと 思えるんです。

気が狂ったときのことを書けば(あの、たしかに意識はまったく別世界ですし、その状態自体が苦しいわけではないです。 それは一部始終がちゃんと記憶に残っていて、しかもハッと我に帰った時が惨めです。 子供でも今自分がどうなっていたのかを 一部始終知ってしまうことになるのですからね)、 もっと辛い世界を潜り抜けた人もいるということが貴女の励ましとなるかもしれません。

あるいは、やっと両親が気がついてくれたおかげで 海辺の虚弱児施設の入ることができたのですが、 そこでのおおらかな明るい先生方や友達たちとの心の触れあいとか  消灯時に放送室から流れてきたクラシック音楽がどれだけ私の心に、胸にきざまれたかを書けば、  ひろい人生への希望にもつながるかもしれません。

私は、書きましたように現在60歳です。  いろいろなことがありました。

だから 書いてみたいことは 他にもたくさんあります。 

美顔マッサージも経絡からの考えとか書いてみたくなります。 もしかしたら貴女には、そこらへんの美容室よりも力となるかもしれないとも思います。

赤ちゃんは、動物よりも能力の低い状態でオギャーと生まれますが、そこから急に人間的に成長していきます。 ものすごいスピードで脳が人間の脳になってゆきます。

だからサルは大人になっても言葉を覚えられないのに人間の赤ちゃんはちゃんと言葉を覚え始めます。

でもね、その言葉以前に 赤ちゃんは笑いでコミュニケーションを始めるんです。 泣くのは自分自身の要求でしかないですけど、笑いはもう相手との交流ですし、なによりもすごいのは、  相手を同じ人間として 言葉では人間という言葉を知らないのに 認める目を持つのです。

人間の脳のほんとうの誕生日は実はその時です。 と私は思います。

人を人として信じる、なにをおいても信じるという原点が これがほんとうの笑いの故郷なんです。

皮肉だって笑いかもしれませんが、 大人になっていけば悪口で笑うこともやがてでてくるでしょうが、 すべて その相手のためを思ってのことでなければやがてそういう笑いは消えていってしまいます。 むしろやがては、自分の心をもちくちく刺すような痛々しい笑いの世界に変わっていってしまいます。

希望 人間として生きる希望 友達の見つかった希望、それが明るい笑顔の原点です。

経絡という 薬草のとれない大地の生まれた医学の知恵も 奥は深いです。 ふつならなんの役にも立たないマッサージかもしれません。

でも、もしかしたら 貴女にはとも思ったのです。

もしかしたら、 また 実際の貴女の心や状況には添えないようなものを書いてしまうかもしれませんが、  時間が赦せば またおじゃまするかもしれません。

ともかくみんな本気で書いてます。

元気になって欲しいです。  笑顔のなって欲しいです。

負けないでください。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞*

時間の赦す限り  こんなふうに続けてみたいと思っています。    矢継ぎ早では 読みにくいでしょうから、  もし締め切られていないようでしたらということですが、 書き続けていってみたいと思っています。

「Q&A」サイトにて むかし、質問者様の質問に対して なんと数十回もの言葉尻をとらえた細かな長々として しかしかなり鋭い批判の文を矢継ぎ早に回答している方がいました(笑)。

こう書くと笑い話にも思えますが、 質問者様の方は最初の5回ぐらいまでは答えていたのですが、そのうちに その答えにもいちいち 一文一文まるで神様みたいになにもかも解ってるふうな(笑)批判をしてくる回答者様にあきれて、何も書けなくなってしまったようなのですが、

なんと、それからも 続々と避難の回答が 一文一文に対して ずーーーーーーーーっと続いていったのです。

さすがたしか40回ぐらいで 質問者様は締め切りましたが、ひろい世の中にはそんな人もいるんですね(笑)。

超非常識にもめげず、自分の主張似馬車馬のごとくおぼれきるすがた りっぱなもんです(笑)。

相手も幸せのための文であっても そ  そこまではさすがにちょっと   とと と

でも できるかぎりのことは やっぱり 書いてみたほうがいいかなと思うときもあります。

ただし、人間って ほんとに限界だらけの存在なんです。  そして、出来ないことは出来ないんです。

なにも助けにならない時もあります。

だから、それぞれの場にて、超非常識なまでに馬車馬となるのが いかに相手の幸せを考えてもことでも正しいとは限りませんよね。

もし、実際にお会いできれば  あらゆることを もっとゆったりお話してみたいです。  (普段は私は無口ですけど(笑))

きょう(日曜日)  OKウェーブでのアンサリストへの道を実際にいよいよ、検討してみます。

立場上、 そこでは もう少しは相手の状況とかを詳しく話し合えるかと思いますので、


きょうは以上です。

ありがとうございました。


              なにがあっても諦めない タフ(笑)より


★もう1つの「Q&A]全面活用形の スポーツもののブログのご紹介も続けています。


「おもしろスポーツ『Q&A』」 (シーサーブログから)

URL :  http://rajyoya.seesaa.net/


ありがとうございました。

theme : 政治・経済・社会問題なんでも
genre : 政治・経済

2008-07-05

今日の「人生お笑い」(お笑い色期間にて)

6月5日(土曜日) 第286回 笑42

この期間に「Q&A」を始めると そちらの方がメインとなってしまいますね。 明日休日(日曜日)なので、じっくり考えてみたいと思いますが、  きょうは、このままいきます。

「少子高齢化について」のアンケート質問に対しての私の方から新しい回答には、まだなんらかのコメントはついていませんが、 こういうときは深くつっこみすぎて名質問者様の中でなにかの迷いにつながってるのではないかとか いろいろ心配になってしまいます。

深く突っ込むと、いっぺんに書くべき点を全部書けないので、それも気がかりとなります。

役立たずはもし怖さを与えない方法があれば、そっと眠らせてあげる(笑)という対策もありのようなことを書いていたりしますが、 ほんとうはこれにはつづきがあります。

神様とかではないので、本人の心の内のほんとうのところをよほど理解できる能力が開発されないかぎり、そこにもけして小さくない誤りを犯す可能性があるという点についてです。

人間のr能力は、大きな可能性を秘めているわけですが、 神の遍在の脳力のあたりには大きく書けたものがあります。 想像力の限界です。 それを解ったつもりになるのは人間のおごりです。

そのへんの問題を抜かして書くことは 私にとって賭けのようなものだったところ、 これも質問者様がみなさんに即コメントを書いておられることを見てのことだったのですが、 けっきょく彼の若さとかを読みきれていなかったという失敗をしているのかもしてません。

これが「Q&A」サイトの、何か真剣な悩みを抱えて質問してくる方にたいしては それがうまく当たれば、こんなに回答者の実体験とかが同じだった場合等々、はげましとなったり、ちょうどピッタシのアドバイスとなったりするサイトは他にないところ、

逆に真剣に回答するほどに、何か間違いを書いていないか怖いものがあります。

ホメラニアン、という誉めて誉めて誉めまくることで、気のふさいでる人とかをはげます特設コーナーがおちまさと、という天才企画人の手でOKウェーブという「Q&A」サイトに特設されていますが、

そこにも けっこう辛辣な切実な悩みを訴えてこられる方がおられます。

哲学のほうからは、この誉めるということや そのために相手の長所を探すという行為は、さまざまな観点から大賛成ですので、 ときどきこの特設コーナーを除き、 時間があれば書けるだけ書いてみようといつも思っているところです。

見ていると待ったなしのような悩みの方もおられて、おもわず時間も体力も無いのについ手がうごきそうになってしまう人もいます。

他には これは人生相談や恋愛のカテに、さらに深刻ともいえる質問があったりしますが、こればかしは今は全く見ないようにしています。

それらの最初の質問の文面は あまりにもせっぱつまっていて、その人の背景とかがかえって解らない時があったりもするので、回答がずれる場合も多いところ、 よほどじっくりと時間をかけて考えて回答する必要がありますし、 私の場合には書かないではいられなくなってしまう問題が山のようにあると思えるからです。

今回 ここで掲載するかどうかは書いてからのこととしても、 その意図もありますから、新しいその掲載記事を求めてホメラニアンの企画に再び顔を出してみたところ、 つい筆のうごいてしまった「質問」がありました。

上から順に(最近の質問から)読んでいって、選ぼうとしていても、悩みにぶつかるとつい我をうしなってしまうのです。

哲学って見つめる能力を大切にしますが、 哲学のちいささも知ってるはずの世界です。

人の悩みの前には 私自身右往左往してしまいます。

書いた結果、 ここに掲載してもいい内容だと思いましたのできょうはこれを掲載いたします。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞*

『心が折れそうです・・・』

質問者:yno_opy

もう心が折れてしまいそうです・・・。
勤めていた会社は倒産寸前のため従業員解雇。しかも給料未払いのまま。
社長とは直接話せず、電話番をしている奥さんは「ないものはない、しょうがない」と開き直りの態度で頭にきます。
年も30を越えているため再就職は難しく面接しても不採用の通知ばかりで。まだ未婚(女)でしっかり負け犬組です。
両親のことを考えると早く結婚して子供もほしいです。やっぱ外見に問題あると結婚は難しい。。。ですよね(涙)
ダイエットをしようとジムに通っても効果は出ないし・・・。
友人に貸したお金は返ってこないし、半年車検の残っていた車を買ってもらえるはずだったのに相手は買う気はあるけど時間がないだの地元にいないだのと理由をつけて取りに来ない間に車検が切れてしまったし。

散々な日々です。
もう正直生きていることがつらくなります。泣かない日はないです。

今にも心が折れてしまいそうです。。。
こんな私を支えてください・・・。

困り度:

* すぐに回答を!

質問投稿日時:
08/07/02 18:28

∞∞*

(という質問者様からの質問に対してのわたしの方からの回答です。)
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回答
ANo.2

勤めていた会社って そんなに大きくは無いですよね。 それに貴女とちがって、身も心もけっこう痩せた人達ではなかったですか?

私はただの凡人ですから、占い師とか神様とかのように何かが見えたりするわけではないですけど、 文面からはそんな気がします。

もし、そうでないとするならば、仲間がいたはずです。 そしてその友達や仲間がなんらかアドバイスなりをしてくれるはずだと思うからです。

そう考えると、 何年勤めていたかは解りませんが、仮に大学卒業からすでに6年以上も勤めたところだったとしても、なおさら辞めることになって正解だったかもしれません。

30歳を越えたところで それを人生と思う必要はないですよ。

〉〜でしっかり負け犬組み〈 という文はゆとりあり、とみえます。 

〉両親のことを考えると〈 との文、家族のことを考えるまごころをかんじます。 こういうとき、こういう状況下にてのこの文章と、ご自分でも自信をもってください。

解る人には、これは女性としてのすばらしい魅力のひとつですよ。

興味は文科系ですか?  文科系で就職に有利なのは料理ぐらいでしょうか? しかし料理教室とかは高いですよね。 今の状況ではきついですよね。
ジムというのはフィットネスですか? おしゃれや美容はかかせないでしょうし、これもきつい状態ではないですか?

ここは、結婚に関してはまず負け犬組みと考えないことが大切かと思います。  心にゆとりがあれば、就職にも有利に働きます。

貴女がどこの方か解りませんけど、むかし大阪に笑いの文化が発祥した頃、大阪商人達には、こんなエネルギーがありました。

「倒産。 笑って出直せばいいだけやんか、そんなもん笑い飛ばせや」

たしかに女性は 美人の方が得です。 ホメラニアンですがはっきりまずそう言い切っておきますね。   でもそれは 心の魅力とか豊かさが美人の方がより多くの人に解りやすいから、 女の魅力も若い人とかはそこから学び始めるからです。  

ということは 美人が損な時もないわけではないですよね。 中身が無い場合、ふつうよりも期待が裏切られた感じがして飽きられてしまいやすくもあったりするということです。

いずれにしても 普通は美容は大切という事になります。 

しかし、美人ということがそういうことであるならば、これはまだ未熟な男性にはその通りであっても、 本当に成熟した男の中の男にとっては、年齢とかも関係なく、心の中の明るさとか 落ち着きとか 負けじ魂とか、健気さとか、いっしょうけんめいさとか、 なによりもまごころからの思いやりを 女性の魅力と見抜いてくれます。   その中でもほんものなら、セクシーさも見つけてくれますし、ひきだしてもくれます。 そして最高に愛してもくれます。  

ダイエットは 健康のための努力すればいいのだと考えて むしろ焦るよりは笑顔をと考えてください。  ジムもできるだけ続けてください。 できたらもっと楽しくです(笑)。

ありきたりの男性からの愛の告白とかは可能性がとおのいたかもしれなくても、 こころに「本物の男がみとるかもしれん」という希望を忘れたらあかん(笑)。

お金返してくれないかわいそうなやつとか、車かえなくなっちまってかわいそうなやつとか、おかねはらえなくなったかわいそうな社長様とか 笑って忘れちゃえ。 忘れちゃえ忘れちゃえ〜な。

どこかで本物の男が貴女の笑顔を待ってるかもしれないのですからね。

それこそ、細木数子さんじゃないですが、あとは料理が女性としては魅力かな。 

包丁はうまく使えますか? かつら剥きはできますか? フライパンでおいしいチャーハンや卵焼き作れますか? おいしいお菓子とかも作ってあげられそうですか?  

   心を強く持ってください。  

そうすれば就職だって むしろ今度こそ心も通いあうすてきな仲間もいるような会社にめぐりあうかもしれないではないですか。

どうせ おなじならば、こころに「笑い」や歌(音楽)を持って、そのゆとりをけして失わずに、  笑わない日はない毎日にかえま笑。

人は意気消沈しがちです。  私だってそうですから。

だかれこそ 音楽や歌や 笑うことを忘れないで生きていきましょう。

ほら 天童よしみは そんな貴女のために演歌、歌ってくれてるじゃないですか。  

ほら、ドボルザークはそんなあなたのために、ユモレスク(ユーモアのある悲しみ)をかなでてくれているじゃないですか。

なにがあろうと「希望」を捨てないでくださいね。

倒産寸前、 そんなの笑い飛ばしたれ。   心がおれそう、そんなのもうぶっ飛ばしたれ。 

あたなは強い。あなたは素敵な女性だ。  

私は60歳だし、結婚はしないけどね。 でも本物の男だから貴女の美しさ(女性らしさ)は文だけで解った(笑)。

以上です。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞*

うまく 彼女自身の中の本来の生命力が 落ち込んだ心から立ち直る形となってくれるといいですね。

ほんとうは、もっと幅広く 彼女の生活や 適職や、趣味や人生の目的とかをじっくり友達としてはなしあえれば一番いいわけです。

わたしは、そんな対話の広場をいつか作っていくつもりです。

でも 今の今は、こんな形が精一杯です。

間違いも犯しながら ころびながら、時には自らも傷つきながらすすんでいくしかないところと思います。

でも せいいっぱい 前にはこうして進んでゆきます。

なにがあろうと前には進んでゆく決意です。

みなさんも 応援してください


よろしくおねがいいたします。

きょうは以上です。

ありがとう