2008-04-30

おもしろビジネス哲学ABC

4月30日(水曜日) 第214回 (8)

きょうは、お休みさせていただきます。

昨日 最後の4つ目のブログが出発しました。

これで4つ全部そろったわけです。

これが でもまた例のネット苦手人間のいくつかの失敗で大変だったのです。

内容を書いてゆく分には調子がいいのですが(笑)、こういうことには大変疲れます。  一日お休みさせてください。

総合文化哲学という人生の哲学対象のすべてを7つのカテゴリーに別けたうちの4つがスタートしたことになります。

きょうは、 そのご紹介のみとさせていただきます。


(1) メインのブログは、このブログです。(笑) [存在の哲学]というカテゴリから出発しました。

(2)、歌を中心に身体表現のすべてを扱ってゆくのが、昨日始まった「ラカペラの歌を地球中に届けたい」です。

URLは http://plaza.rakuten.co.jp/rajyojyebo/ です。

(3)、「セックスを深く考えよう(未来の子供達のためにも)」というカテを扱うブログのタイトルはかなりセンセーショナルな思い切った形です。「細木数子のヌードの意味(バイ・総合文化哲学」

URLは http://blog.livedoor.jp/arayata333/ です。

(4)、ここで前体制にて一カテゴリーとして続けていました「スポーツ時事評論」の形のものはすでにスタートしていますが、新タイトルは「おもしろ『エロとスポーツ』ABC」です。

でも、これを、いきなりですが、また別の場所に移します。 内容は同じです。 今のままですと私には技j術的に困難だからです。  またまた休みにはなりそうにありませんが、出来れば今日中に。

すみません、 実はたった今 なかなか表示できなかったことと、URLがさがせなかったことの因を考え急遽決めたことです。  またスタートが 遅れてしまいますね。

ネットの技術的面には メチャクチャ苦労しております(笑)。

ともかく、 いずれにしても今日はお休みさせていただきます。

よろしくおねがいいたします。  明日から再開です。


               ラーメン情一郎ジェームスボンド(知恵結凡土)、ことジェーより

theme : 哲学/倫理学
genre : 学問・文化・芸術

2008-04-29

おもしろビジネス哲学ABC

4月29日(火曜日) (7) 

私が、総合哲学の地点にたどりついたのは、踊り心という課題を生涯一本道で追求してきたからでもあるのですが、 同時にそこにはそこから核爆発がおこるような中心、核となる部分も思索も行われてきていたからに他なりません。

だから一人の 小さなそれも田舎の本もほとんど読めない人間が スポーツにしてもなんにしてもひろく深い内容のものを書いてゆくことが出来るのだと思っています。

情報化時代は そういう個人の勝負の世界でもあるのですが、ネット音痴でも そこに私が切り込む隙間があったのです。

ともかく、このメインのブログにては、その核の部分、物事や人生の本質の部分、思索の根源の部分、そこから有効で新鮮な考えがつぎつぎと湧き出してくる泉のような部分を扱ってゆきます。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
(お知らせ)

すみません、このFC2でのカテゴリのタイトルを間違えました。 つい忙しくていつもやってることなのにやはりこうした面ではほんとに頭が悪いのでしょう、間違えてしまいました。

「情報の本質」という言葉でそれを設定していましたが、 それはこの新体制でのこのメインの哲学を中心としたブログの全体の性格を意味してしまっています。

今ごろになって あれ変だなと気がついたのです。

膨大な中身の全体自体を、ほとんど一瞬でとらえてそれを「情報の本質」と名づける能力はあるのに、こんな簡単な面で記憶とか注意力とかが鈍ってしまうのです。

このへんがなかなかネット技j術や操作の世界になじめていかない無能さのあたり、私の欠点の世界なのでしょう。

編集しなおします。 今 扱ってるのは「おもしろビジネス哲ABC」という新体制メイン・プログの中の“「存在の哲学」というカテゴリタイトルであり、そういう最初のカテゴリ”です。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

◆存在の哲学◆( )

(このタイトルのあたりは、最初から編集しなおします。 ←直ししだい、この部分も削除します。)


今 猿から人間に進化した時に 何が脳の中に起こったのか その変化のあたりの哲学を かなりつっこんで追いかけています。

猿や他の生物の脳と 私達人間の脳との違いはどこにあるのでしょう?

それは「自他を見つめ反省することのできる能力」を脳が獲得した点です。

がゆえに、人間は文明の進歩という道具を手に入れたのです。

言葉もその1つです。

しかし、その言葉の世界は、やがて頭に混乱と不統一を起こします。

何がほんとうの進歩かを「見つめる」ことが難しくもなってきてしまったのです。

それでも必然的に反省と進歩も起こり続けています。 しかし、そこにはもともとの能力の危機さへ、いやこの人間社会全体の危機さへも関わるようになってしまっているのです。

ですが、 それをさぐってゆくためにも、

今そのへんは、すこしおいておいて、

ここにまず その原点である「自他を見つめる能力」とは何であるのかをもう少し深く哲学しておきましょう。


 この総合哲学の広場は ほんとに広いジャンルを扱います。  そのため、その前にすこしだけ語っておきたいのですが、 その辺のところで よく言われるのがキリスト教の哲学です。

キリストがそのように言ったわけではないのですが、 そこから生まれた神学とかいうのが、長い間かなりおかしかったりしたのです。

そこでは、人間は万物の霊長という哲学が展開されます。  霊という言葉を使えば、そのようにも言えることは言えると思います。 でも そこには他の生物より人間のほうが偉いという差別感があり、それがまた、同じ神が創造した者に差別をつけてしまうという矛盾した心、不徹底な中途半端な哲学をそこに生んでしまっています。

キリスト教の人で反論がある人はコメントください。 論争しましょう。 おそらく有益な論争となるでしょう。

そこらへんは、仏教のほうが深いです。  はるかに深いです。

命の連鎖のあるがままの姿への その長い長い過程への峻厳なリスペクトがあるからです。

ブッタがそのへんをどう語っているかとかは知りませんが 仏教の歴史全体にその精神が流れています。

そのへんも、やがて、このブログは明らかにしてゆくこととなるでしょう。

が、

たしかに、猿から人間への進化には 巨大なまでの質的な、価値における差があったことはこれもまた事実なのです。


「自他を見つめる脳」を生物が宿したということはいったい何を意味しているのか?

それはほんとに そんな大きな他の生物との差なのか?

あしたは、その人間の根源とも言えるその誕生のふるさとの地の知を おもしろおかしく追いかけていってみましょう。

そこには たしかに宇宙の大きさにも似た巨大な変化があったのです。

ではきょうはここまでです。

あしたのこの時間もお楽しみに、

                   ラーメン情一郎ジェームスボンド(知恵結凡土)、ことじぇーより、

theme : 哲学/倫理学
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2008-04-28

おもしろビジネス哲学ABC

4月28日(月曜日) 第212回 (6)

私が、総合哲学の地点にたどりついたのは、踊り心という課題を生涯一本道で追求してきたからでもあるのですが、 同時にそこにはそこから核爆発がおこるような中心、核となる部分も思索も行われてきていたからに他なりません。

だから一人の 小さなそれも田舎の本もほとんど読めない人間が スポーツにしてもなんにしてもひろく深い内容のものを書いてゆくことが出来るのだと思っています。

情報化時代は そういう個人の勝負の世界でもあるのですが、ネット音痴でも そこに私が切り込む隙間があったのです。

ともかく、このメインのブログにては、その核の部分、物事や人生の本質の部分、思索の根源の部分、そこから有効で新鮮な考えがつぎつぎと湧き出してくる泉のような部分を扱ってゆきます。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

しばし、まず、昨日のつづきで、存在の哲学 あるいは命へのリスペクトの哲学を、今すこし幅広くさまざまな角度から追いかけてゆきましょう。


では、きょうは、進化論と人間について哲学の筆を進めて言ってみましょう。

あくまでビジネスの哲学ではあるのですが、このメインのブログは哲学色の濃いブログとなります。 生きている根源の世界から、 起業の理念の世界をも、また人とのつながりの世界をも今すこし奥ふかくから思索してゆけるブログにしてゆきます。

進化論といっても 生物学ではありません。

進化論哲学です。

そのうちのしかも これは猿から人間への進化という地点を さまざまに思索しておこうというものです。

また進化論の学術的なそのへんの歴史の検討ではなく、その思索の深さ自体を目的とします。

猿たちが 安全な木の上から降りたときの 二本足でも生きるきびしい闘いが長い間にその脳を変化させたにせよ、 また何らかのミッシングリングにての大きな突然変異がそこに加わっていたにせよ、 
ここで肝心なのは、猿の脳 あるいはそれ以下の動物の脳と人間の脳との違いがどこにあり、その進化にて何がどのように変化したのか、そのへんをあきらかにしてゆく筆となっていきます。

生きる厳しさが 脳を進化させたという面はもちろんあったでしょうが、たとえば猿の赤ちゃんが大きくなっても猿の脳として大人になっていくということをリアルに想像してみればわかるように、 生きる環境が何万年という程度の時間でそれだけで人間の脳に進化したということはあまり考えられません。

脳を育てる言葉という記号を獲得しているわけでもない脳にては、親から子へと受け継がれる進化への文化も育つわけではなくて、毎回生涯は同じように繰り返され土に返ってゆくだけだからです。

もちろん、それも進化の条件のひとつだったと思います。

しかし、何らかの突然変異の生命全体での進化の力が働いたという推理もここに働くのです。

もちろん、それが神の関与の世界だというのは神話的な解釈にすぎません。

わたしは、けして神を また神の存在を否定している者ではありませんが、神は有宇宙以来、けして何かを助けたりするような存在ではないというのが哲学(深い考察)からの結論です。

厳密には 神という存在は命の進化とは一切関わってはいないとも言えてしまうのです。 全能とは絶対を意味するのではないというのであれば、神は全能です。  たしかにその全能が なんらかの軌道をもった宇宙を創造したには違いないという結論もあるのですが、   はっきり言えば、何も助けてはくれないという意味からは神は この世にはいないのと同じなんです。

つまり、厳密には神とは 存在へ感謝の対象であり 人間の良心が発見して始めて意味が、ただしい意味がそこに生まれるそういう存在として けだし実際に存在している存在だということです。

すみません、いきなり全く難しい話となってしまいましたね。

神については 伝統とか文化とか、また想像力の世界や占い(正しい意味でのそれ)の世界とかむすびついたさまざまな生きてもいる信仰伝統の世界でもあったり、深い宗教性(精神的は謙虚さ)と結びついての人間の創造性の根源と結びついたりもしています。

あ  いよいよ話がむずかしくこんがらがってきそうですが、 ともかく、ここでは簡単に それが価値があろうが、なかろうが、厳密には神は存在はしても 「べつに人間や生物の進化を助けてくれる存在」なのではないと いちおうでもいいですから憶えておいてください。

あるいは「 へえ、 そういうふうな厳しい考えかたの人もいるのね。」ぐらいに思っておいてくださっててもいいです(笑)。

神が そのなんらかのミッシングリングにてか ともかく猿から人間の脳に進化した過程で人間の脳という魂を吹き込んだ と考えるのは別になんらかまいません。

また 厳密に考えても表現としてならそういう考えも無い立たないとは言えないです。

なぜならば、その変化がたとえゆっくりと、何万年もかけて起こったにせよ、その変化の意味合いはあまりにも巨大でもあるからです。

その過程の考古学的、科学的歴史的考察よりも、はるかにその変化の大きさについての考察の方が哲学の考察としては大事なんです。

すみません、きょうはいきなり話がむずかしくなってしまったと思いますが、 人間の誕生がこの広大な時空の中で何を意味するのか その根源から追いかけてゆく筆です。 まず多少の厳密さをご了承ください。

あした、その誕生の姿、その価値の姿 その尊厳の世界を ここにくっきりと追いかけていってみたいと思います。

人間存在とは、どのようにして生まれ、そしてどこに何を目的に向かってゆくのか? その永遠の謎の原点の1つが解けてゆくことでしょう。

それでは、あしたのこのメインのブログもお楽しみに、

お読みくださっている人間としての同志、仲間に感謝します。

きょうもありがとうございました。


           ラーメン情一郎ジェームスボンド(知恵結凡土) ことジェーより。



((追伸))

すみません。 昨日一日かけて検討したのですが、 昨日中には4つ目の歌を中心としたブログは出来上がりませんでした。

ヤフーからのブログにするつもりで、 それ自体はネット苦手人間の私にも難しくは無いのですが、このテーマですと、私が考えるSEO対策というのが出来ないのです。 

あくまで 私には私の目的があってこれを書いています。 その責任とともにあるその目的にあう内容にマッチしたタイトル名とかをはずした言葉でのSEO対策を 哲学を語る私が何らかやっていいわけがないのです。

もちろん、世の中の流れ検索の流れ、そのニーズの世界と離れて目的への道はなく、 目的自体にブレがないしっかりとした心をたずさえつつ、その流れとのバランスを求めてゆくのが正しいバランスのありかたです。

商売であれ、人間的文化の実践であれ、ネット文化の当然の在り方の1つがそのSEO対策でもあるのです。

でも、ここには、 さまざまな邪道もともないます。  もし書こうとしているジャンルが私にはそのSEO対策が正しくできないのであれば、  この歌のジャンルは 実践もともなうジャンルですし、そのもがきにこれ以上もがく時間はとれないなと思いました。

5番目のブログとして考えていた視覚の面のブログ 映画とか写真、アニメなどを扱うブログと4番目のブログをいっしょくたにすれば、 おもしろいSEO対策は可能のようですが、 今の今、そこまで筆を伸ばすことには、体力的にも無理がかかります。

ここはもう少し 考えさせてください。

というより、 昨日は これで夜おそくまでへとへとになるまで検討しつづけてしまったので、もうめろめろとなってて、 すこし休ませて欲しいのです。

新体制出発は、全体としてや遅れてしまします。

でも これだけ考えたことは やがて生きてくるでしょう。 ご期待ください。 

また、ごめんなさい。 もうしばらくお待ちください。

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2008-04-27

おもしろビジネス哲学ABC

4月27日(日曜日) 第211回 (5)

最後の4つ目のブログ「歌を中心とした生活の身体的表現(演技的表現)のすべてを扱って行くブログ」を昨日中に立ち上げるのはやはり無理でした。

書くこと自体はいつでも出来るのですが、新しいブログサイトを見つけたり投稿の準備をするのに、私の場合まだまだ不慣れで時間がかかりすぎてしまうようなのです。

きょうは休めますので(生業の方の仕事のことです。)、おそらく立ち上げられるでしょう。  出来ましたらそく最後の段落にてお知らせします。

これで4つそろいますし、いよいよ新体制はすべて整っての新出発体制の誕生となりますし、その段にては、全部タイトルやURL等お知らせいたします。

例の「セックスを深く考えよう」というテーマの 秘密にしておいた怪しげなSEO対策(笑)も含めてです。  ショックを受けすぎないように、今から心の準備をしておいてください(笑)。

ではきょうのメインの文のはじまりです。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

(「存在の哲学ってなんじゃい?」)

これから書くことは どうかよーーく考えてください。 (よーーーーーく考えることが哲学するという事ですから(笑))

私は 子供の頃何度も何度も 重い肺炎で死の床をころがり這いずりました。 もしその時死んでいたならば、私は今、これを書いていません。  

その骨の灰の一部は どこかの土の中に今頃タンポポかなんかの養分の一部とかになっているかもしれなくても、この文を書けるような意識も脳もそこにはすでに一切無かったことになります。

その体験は確かに私の脳の中に、冷徹なまでの生と死への思索の原点を与えてくれているかもしれません。

しかし、これから書くことは誰でもよーーーーーーーく考えれば解るはずのことです(笑)。


生まれる前は、あなたは、存在しなかったですよね。 

いやその霊はすでに存在していたという想像力をその脳に持ってるかたもいらっしゃるかもしれません。

想像は自由ですし、その仮説はまだ証明されてないだけで仮説には違いない想像の1つですから逆に言えばそれが真実である可能性はまったくゼロとは言えません。

だから想像は自由です。

でも 存在していると自覚できる存在としてのあなたが 人間のあなたが そこにいなかったことは確かなことでしょう。

えっ 忘れてるだけ?  思い出せれば生まれる以前も脳は働いてた?  いいでしょう。想像は自由です。

でも、存在の哲学においては まず、ここが確かなのです。

あなたが 存在する以前はあなたはいなかった!!!!!!!!!

あたりまえのことですが、 これ すごいことですよ。

このすごさ、あなたという存在の不思議さのすごさについて、まずここで たった今 気がついてください。

何万光年、いや何億 何兆光年も遠いかなたからの星の光が 地球の私たちの大地にとどいてる光であるという膨大な時空を私たち文明人は感じてはいなくても知っています。

でもその時空をさらに遡っても さかのぼっても、 さかのぼっても……………、 永久にあなたは、相自覚できるあなたという名の記憶体は、 この宇宙に、そしてこの青い星である地球の大地に存在しなかったことが

もしあなたが存在していなければ 存在していなかったということに、 この広大な時空の只中に、たった今の今 気がついてみてください。

「あなたは いなかったのかもしれない」 ということについて こににふかーーーーーく考えてみてください(笑)。

いなかったかもしれない。 でも いる!!!!!!!!!

そして今 生き物として、ここに生きている!!!!!!

そのすごさを よーーーーーーーーーーーーーーーーく(しつこいですね(笑))考えてください。

こんなことを書いてると涙もこぼれてきます。 それが人間なのでしょう。

でも、普段、この気づきは私たちがいそがしい文明の生活の中でふといつも見失ってしまってることです。

ほんとは、この事は まず大自然の中で 星をながめ、虫やカエルの声のあなたの里山にて、できたらエロスの根源の地にて、思い出し思索してみてほしいことです。

できれば この大地にて貴方の背骨が「生きている」ことの歌を歌い始める時に 思索してほしいことです。

そうすれば それはじわじわと、このいそがしい文明の生活の中にても、あなたの脳にそして心身にしっかりと根付いてゆくでしょう。

私たちは 尊い 尊い あまりにもすごい命を、 何かから授かっていまここに生きている、そういう存在どうしなんだ。


どんな 誰もが どんな誰もが どんな誰もが、 尊敬されるべき 命を いまそして 生きてるその命たちが存在するがぎり、   

たった今の今  こうして「みんなが生きてるんだ」      

このことに気づくことが「存在の哲学」です。

べつな言葉にするならば、実はそれは「リスペクト」、つまり「人間の命への尊敬の魂」への気づきです。

リスペクト、 これを抜きにしたら、民主主義もまやかしとなりえます。 感謝も、ごまかしの仮面ともなりえます。   峻厳に分析するなた そうも言えてしまう世界です。

しかし、もしそれがほんとうに心に根付くならば、平等の対話の地、人と人との感謝の真心の世界は
この大地にいやまして光り輝いてゆくでしょう。

そして その光こそ、生きる厳しさの中に、ビジネスの忙しさの中に、はげしい競争のただなかに、むしろさらに輝かせていける可能性を宿してるのが この私たちの、 こうして今の今は存在していて これを書きこれを読んでいるあなたの脳の世界なんです。

さあ ここに 「おもしろビジネス哲学ABC」新体制、メインのブログも、他の4つのブログの幅の広さとともに始まりましたよ。

存分にお楽しみください。

ではきょうは ここまでです。

お読みいただきありがとうございました。 またのお越しをおまちしております(笑)。


                    ラーメン情一郎ジェームスボンド(知恵結凡土)、ことジェーより

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genre : 学問・文化・芸術

2008-04-26

おもしろビジネス哲ABC

4月26日(土曜日) 第210回 (4)

きょうから、出来れば 4つのブログの体制を全部始められるようにしたいと思っていましたが、それはきょうの土曜日が隔週の休みの日にあたり、それで休めると思っていたからです。 でも生業のほうで仕事が入ってしまいましたので(設備業のほうです。) 今日中というのは無理かもしれません。

でも 上手くできましたら、 また今日中にお知らせいたします。

では、きょうのこのメインのブログの始まりです。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞

ほとんど、考える時間とかも無いまま 今まで生涯にわたって考えてきたものがまとまった総合文化哲学の世界を書き続けているので、 すでに考えてあることを書くという分には楽なのですが、 たとえば、 こうした文にサブタイトルをいちいち考えている暇がありません。

しかし、サブタイトルがあったほうが、読むほうは読みやすいし頭に入りやすいでしょう。 あとから編集しなおしていってみますね。

さて、アメリカの大地での起業に大成功された吉田会長のお話を続けてきましたが、その情熱の土台となった アメリカのボランティア精神の世界についても すこし触れておきましょう。

利己心を越えた人への思いやりの心やその実践にボランティアの姿があるわけですが、 人の利他の心の内には何らかの見返りを求める心も働きます。 

長い目ではいつか自分の利益にも跳ね返ってくる(かもしれない)という打算や、あるいは無形の何かにパワーとなるもの、例えば賞賛とか感謝とか、協力とかその他さまざま よいことをすることで得られる利益を求める部分、つまり利己の部分もあったりするのです。

私自身 けして強い人間とは言えません。

虚弱体質となってしまい、その中で一生懸命生きて来て、いじけてしまったりした部分も今でも抱えていたりします。

であれば、こうした自分自身の中の人の幸せへの想い、いつしか強固なものとなっていたと思える未来の子供達の幸せへの想いとかの中に、 自分自身のそのへんの弱さも自覚すべきところでしょう。

それは、この自分にもあれはまることですが、人はついボランティアといいながら、心の内側はけっこう利己心でもいっぱいだったりします。

じつは、この内省は、考えすぎだったりもします。

実践しつつ人は学ぶというところがあり、ともかくボランティアには参加しようというそういう実践スピリットともボランティアは関わる世界だからです。

心の面では利己が混じっていたってまずは実践だという考えもある世界でもあるんです。

ただし、だからこそ哲学の面からは むしろそのへんは峻厳なまでに見つめらている必要もあります。

その詳しい心の世界のことは、これからすこしづつ追いかけてゆくとして、 ではそのへんアメリカのボランティアの精神、その真心はほんとうに本物なのか。

せっかく吉田会長の全人生を貫くような感動をよびおこしたその世界に触れたのですから、そのへんをもう少し追いかけてみましょう。

人は大自然に触れる時に 心がなんらかのゆとりとともに大自然に触れる時に、同じにこの大地に生きている他の人への真心を培います。  そんな心のゆとりの中で真心はふくらみはぐくまれ培われてゆきます。

行けども行けども 森また森、しかもその森は西洋の森のようなうっそうとしたう真っ暗なイメージではなく太陽のあまりにもの多くの変化を青空とともに心に注いでくれてもいたアメリカの大地にて、その昔、おおくの人達が西部開拓の地に追われて生きていました。

あくまで、その生活の厳しさの中にては、そのままでは心にせっかくの広大な大自然の恵みを感受する時の豊かさは生まれません。  どんな山も その稜線も ただ厳しい生活の象徴でしかないのです。

荒涼とした大地、それしか心に映らなかった人も大勢いたでしょう。

しかし、月日が長い風雪が そこに伝統を生み、人と人との交流を生み、生活が定着してくるとともに、その笑いやにぎやかさの奥に、まさにその大自然の恵みがじわじわと心にしみこんできたことが想像されます。

悠々と飛ぶ鷲たち、 かわいい木々を彩る小鳥達、日のもとの大木たち、そして太陽と青空の下の森、そこに流れる長い川たち、 川にはねる魚達、一歩森を出れば、広大な大地があらゆる丘から見渡せ、そこに雲たちが悠々とどこまでも流れてうゆき それは夕方には大きな太陽うの最後の輝きの後に赤くそまってゆき、その奥にやがて一番星が光り始める。  どかからかカチャと夕餉のしたくの音が聞こえる頃には静けさと虫の音の中に 満点に星が光り始める。

そんなはるかなる広大な土地のなかにて、アメリカに渡った人達の心の奥の奥には、やがて何があろうともくずれない人への真心の世界がしみこんでいったのです。

逆に極端に冷たい心の世界もあったりするのがアメリカの世界でもあるところ、文明の犯した間違いの部分も大きく吸収してしまったところもあるアメリカですが、 これは私の考えのすべてを貫いている考えでもあるのですが、悪いところだけを見ていては何の進歩も進展もないということです。

アメリカ人の中に時として見られる あふれるようなボランティアの心のうちには そんな太陽の香りがするのだということを知っておいてください。

だから、それに触れた時に、 吉田潤喜会長は全人生を貫くような感動の涙を流したんです。

吉田会長の子供を 命に換えてでも助けたいその心に添い同じように賢明になんとしても助けたいとみずからの知識を傾けた医師たちの中には ほんとうになんの打算もなかったのでしょう。

ほんとうにただただ、その命が助かった時に、吉田会長の家族の方々とともに喜んだのでしょう。

ふかい人間への信頼、 もしこれを抜きにしたら、そこには起業の理念も骨が無いに等しいのです。

助けてくれるのは大自然とか それを感じる人間側の心のゆとりとかの世界でもあるのですが、長い風雪においてはそうなのですが、やはり、この人と人との確かに通じる真心の触れあい、

これが人の中に その人生や起業をつらぬく震えるような魂となりつづけてきたのだとわたしはおもいます。

つづく、

きょはここまでです。

できれば、今日中に「歌」のブログも立ち上げて アメリカのロック音楽の原点についてから書き始めてみたいですね。

以上です。

       
                 ラーメン情一郎ジェームスボンド(知恵結凡土) ことジェーより。

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2008-04-25

おもしろビジネス哲学ABC(「ビジネス哲学ってなんじゃい」)

4月25日(金曜日) 第204回 (3)

(お知らせ)
きょうから、新体制の1つである「スポーツ時事」ものを復活させる予定です。 タイトルのネーミングは、めちゃくちゃ変わりますが、中身はほぼいままでの続きともなりますのでよろしく。

できれば ここからすぐにそのページに飛べるURLの設定ができればいいのですが、この超のつくネット苦手人間の技術知識ではそうはいかないでしょう。

出来上がりしだい。 できるだで早く 題名等お知らせします。

****************

では、メインブログのほうの今日の分です。

アメリカでは一郎選手の次に有名な 起業でアメリカンドリームを掴んだ吉田潤喜会長の突拍子も無いような「情熱」のエネルギーとなった原点はなんだったのでしょうか?

それは、もし最初に一言でいうならば「人への感謝」のエネルギーです。

こんなことがあったんです。

見も知らない土地でなんとか生きている時、たしかスエーデン人の奥さんだったと思うのですが、その奥さんとの間に出来た子供が 命に関わる病気にかかった時、

アメリカの医師のチームがそれこ寝ないでみんなで助けてくれ、しかも治療代が払えないことを知ると「いつでも、払える時に払ってください」と言われたのだそうです。

アメリカという国は善悪両方とも極端なことが多いですが、このボランティアの精神に関しては、プロアマ問わず(プロならプロの経済力を生かしてということですが)真心のこもった熱いものがあります。

生まれて始めて「私の命に変えてでも助かって欲しい」と神様の祈ったというその心も通じて その娘が助かった時、彼は決心します。

「絶対にご恩がえしする。」

そして、そのどん底から思ったことが「それにはお金しかないやん」ということだったのです。

それが、その後の吉田会長の全エネルギーを貫いた出来事だったと言います。

その出来事が 吉田ソースの会社が出発した後だったのか それ以前だったのかわたしはよく知りません。

でもアメリカという土地で最初は人種差別にもあい、つらい知らない土地でのリアルな生の闘いの渦中、その中で触れた人間の熱い魂、命より大事な子供の命を助けてくれた人達への感謝の心、これがその後のかれの起業魂、営業魂となりその情熱の火となっていったのです。

人と人との人間的な熱いつながり、これ以上の行動や実践の「情熱」の根源は無いでしょう。

しかし、現実にはアメリカにも人種差別という悪い面もあったわけです。

今はその面は大きく変化していますが、当時はたいへんなものがあったと思います。

長所を見ること、長所を愛し、深く感動し、尊敬し、そこに生きること それがまたこの情報化社会になお求められるところです。

だれでも悪いところはあります。 欠点もあり それは見つめられ反省されるにこしたことはないのですが、 長所を伸ばすというその点を忘れたら この情報化社会に遅れをとってしまいます。

では、このアメリカの長所の部分、 熱いボランティアの真心の部分はどこから生まれたエネルギーなのでしょうか?

(つづく)

きょうは、ここまでです。 すこしづつ哲学色になっていきます。   でもあくまで14歳のかたにも解る哲学を書いてゆくつもりです。  

ご愛読よろしくおねがいします。

ありがとうございました。



                  ラーメン情一郎ジェームスボンド(知恵結凡土)、ことジェーより、

◎追伸 

このメインブログでのアフィリエイトは 属性商品が無いわけではなくても、検討に時間がかかる商品しか思い浮かばないので、おそらく正式の開始は何年後かになってしまうと思われます。

ご了承ください。  責任のとれないアフィリエイトは避けさせていただきます。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

今PM7時半をすこし過ぎていますが、   なんとかかんとかスポーツものも 復活しました。

かなり表面は変化していますので、 すぐには以前の時事の続きの形はでてきませんが、中身はより深くなっています。  

きょうはURLだけご紹介しておきますね。

http://rajyojye333.blog61.fc2.com/

ん? やっぱり、 ここからは飛べませんね。

題名は うむ。 説明抜きだと書きにくいですが、書いておくしかなさそうです。

「おもしろ『エロとスポーツ』ABC」です。  とんでもない名前ですよね。

でも中身はさらに深いんです。 是非読んでみてください。

以上、なんとか間に合いました(笑)。

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2008-04-24

おもしろビジネス哲学ABC(「ビジネス哲学ってなんじゃい」)

4月24日(木曜日) 第208回  ビ哲(2)
(2

タイトルも新たにしての このブログの新体制にての このメインのブログですが、 当然題名(タイトル)の通りに「ビジネス哲学」が中心のブログとなります。

でも、以前ビジネスにかなり特化した哲学のブログとして「ちょいシャレ『ビジネスプルクワ』」というブログを書いていましたが、 それよりはここ前体制のブログに近い幅の広い総合的なビジネス哲学の学習広場という感じのものとなります。

哲学というすべての中心的な思索の部分を主軸としてゆくことで、 他の7つに広がってゆく哲学ブログジャンルを、やがてこのブログにてまとめてゆけるようにするためです。

しかし、哲学というと 言葉や論理の世界のみを難しく追いかけすぎて いざ実際のわたし達が生きている現場には役に立たない世界がまかりとおってしまってもいる論理のおばけのような世界のイメージがあります。

実際のビジネスという経済的な問題とも取り組むのは哲学のむしろ中心な課題ということをここに表現すべく、このビジネスというテーマは、いよいよこのメインのブログで扱ってゆこうということです。

SEO対策としても今回大きく「タイトル名」を変えたわけですが、 同時によりタイトルにしっかり密着したより絞られた形態の「ビジネス哲学」となってゆく形となります。

最初ですのですこし このメインのブログについて説明させていただきました。

それでは さっそく今日の分です。

昨日の続きで アメリカンドリームを起業の世界で実現された吉田潤喜会長(吉田ロジスティック・グループの会長)のお話をします。

繰り返しますが、アメリカではイチロー選手の次に知名度の高い方です。

最初は吉田ソースの販売(彼の母親がプレゼント用に作ったソースが評判でそれをビジネス化していった)からの出発でしたが、ロジステック(航空貨物)を中心に今では18種もの業種を統括されているそのグループの会長であり、社長であり、創業者の方です。

その成功の因には、昨日もお話しました極端なまでのバランスの世界もあったのですが、それもまた武道のバランス感覚とか欠点を見つめる姿勢とかのあたりでおもしろいのですが、 なによりも、彼のアグレッシブな情熱の世界が全ての土台となっていたのです。

その情熱の土台は では何だったのだろうか?

これが、この「ビジネス哲学」のプログの出発点とも重なるまさに大切な土台作りのお話ともなっていくかと思います。

まだ言葉もよく解らない状態で アメリカの地を踏んだ吉田会長は、まずは空手の道場をほそぼそと経営していました。 たしかシアトルの近くで警察学校の指導にもあたり、それで一時は軌道にものりかけていたのですが、やがて時流でそれも下火になりかけていたりしました。

そんな中で必死に始めたのが吉田ソースの販売でした。

これが何故売れるようになっていったのかの秘密には、すでに書きましたバランス感覚のほかにもいくつかのひいでた原因となるおもしろいお話しがあります。

まさに「おもしろ」すぎるぐらいの話です。

でもそれはもうすこしお待ちください。

全てを貫き このソース販売の世界から世界の吉田グーループへと成長する最大の因となったのは、こんな情熱の原点が、 吉田会長のまわりに起こってしまったからです。

(つづく)


◎追伸

きょうは 予定よりすこし本文は短めです。  でもこんな感じで続けてゆきます。 

・ 実は 昨日からこれはライブドアの方からなのですが(以前書いていたものがまだ消えてませんでしたのでその場を復活させる形で)内容としては「セックスを深く考えよう」という内容のブログを、このメインのブログと同時に始めました。 正式には一日遅れです。

でも「セックス」という言葉では 実は検索する人はいません。 調べると解るのですがゼロに近いです。

当然そのタイトルも今回のSEO対策の網の目の対象にひっかかったわけです。 しかしながら、その新しいタイトル名は、あまりにもどぎついタイトルに挑戦しています。

説明を詳しくしないを 初期にては誤解を招きかねないタイトルとなっています。

ですので、実際のタイトル名は URLの紹介は、もうしばらくお待ちください。


・ また、実は今日からもう1つのブログ、「スポーツ時事もの」も「健康」がメインテーマのブログとしていよいよ復活する予定でしたが、

その準備は昨日までに整えたのですが、

なんと 体のほうがきつくなってしまいました。

目が痛くなり 快復しなくなってしまったのです。

「健康」がすべての土台であり扇の要との主張を展開するブログです。 無理をしてはそれこそ本末転倒、

これも もうしばらくお待ちください。  

この目の疲れの原因は 休みの日に朝から晩まで次から次へと総合的は地点から思い浮かぶ言葉を詮索しつづけたからだと思います。  そのうえ今では、この面の学習の情報をメールで集めて読んでいたりしますが、これも疲れます。  

ともかく、もうすこしお待ちください。 なんとか いそぎ工夫します。(アフィリエイトはそれ以後の復活となります。)

もちろん さらにもう1つの今回予定のブログも急いでいますが、 ともかくこんなふうに進行はしていますので、 どうか このへんご了解ください。

それではきょうは以上です。

新体制 とまれ、始まりましたね。  ご期待ください。


                ラーメン丈一郎ジェームスボンド(知恵結凡土)、ことジェーより


theme : 哲学/倫理学
genre : 学問・文化・芸術

2008-04-23

おもしろビジンネス哲学ABC(「ビジネス哲学ってなんじゃい」)

4月23日(水曜日) 第207回

例によって、 きょうから実際に新体制が始まるというのに、  まだ何を書くのかは決めていなかった。

書き出せば、 いつものとおり、こんな場合でも筆は進んでゆく、書いてから考えればいいという感じのものとなってしまった。

わたしの場合 というよりも、総合的に物事や人生を考えてきた人間の場合には それでもいいというところがある。

「「そのほうが、膨大な量の思索群が直感という力強いフィルターによってより実践的に表に出てくる時もある。

裏になんの思索も情熱も無いときには、直感も何もそれはただ単に無理であることを意味する。

アメリカではイチローの次に有名な日本人と言われている、起業でアメリカンドリームをつかんだ吉田潤喜会長が こんな感じの実践派だ。

「まず、行動する。 まずバスに乗ってから それからガソリンスタンドも見つけてくる」 と彼は言う。

「だから失敗もしてきた。」というけれど、その裏には大きな生きる情熱があり、それがビジネスの理念ともなってる人なのだ。

ビジネスは、それだけでは上手く行けばいいけど、危険でもある。

ただ、その思いっきり、 これがビジネスでも実践でも仕事でも大切で、 最近はただの計画より以上に、 右脳による直感がまず大切で、 その上での計画であってこそバランスがとれるというふうにも言われている。

この右脳が上手く働いたときには、その時が一番よい仕事が出来る というふうにも言われている。

でもその右脳が効果的に引き出されるためには その裏に思索の道も必要だとわたしは思う。

その積み重ねがあって、無心さや「思いっきり」の勢いが生きてくるのだ。

ただ、まずその時に、その思索が量が多いことで頭を硬くしてしまっている時が人間の脳には多々ある。 その極端な例のひとつが、神経症というやつなのだけれど、そうでなくても逆に行動力や直観力が思索量によってむしろ奪われてしまう時があるのだ。

まず、そのへんのバランスが大切となってくる。

そしてだからこそ、成功哲学ではそのへんの思いっきりの決断を 極端なまでに強調する。  

アンバランスであり危険であるほどまでにだ。

ネットプライス(ネットギャザリング事業)の佐藤社長は、「失敗しても 死ぬわけじゃないんだから」という気持ちがいつもあるという気合の持ち主だ。

そして、この気合の世界には サラリーマン的な生活の者は大いに学ぶ必要があるとも思っている。

実際 まだ起業を始めたばかりの24歳ぐらいの若い時に広告の失敗で6億も無駄に支払わなければならなくなったときにも、「払いたくねえなー」(笑)、これでけろっと済ましているのだ。

もちろん けろっとしてたわけじゃないでしょが、 わたし達からみれば、そんな感じだ。

その気合が 力となる。 

当然 佐藤社長の裏には、まわりが商売をする人達に子供の頃から囲まれ それを見てきてのそれこそ総合的な直感力が養われていて、その直感でまず「この商売はいけるかどうか」を判断するのですが、 その後にそれをさらに今度は計算でつまり左脳の部分で充分検討してから「GO」すると言います。

つまり 決断してからもいちど、ふたたび右脳と左脳の両方のバランスをとっているとも言えるのだ。

実は吉田潤喜会長の場合も 会社としては大きくバランスをとっている。

その1つが吉田会長の場合武道を修行されてきた方なのですが、そこで「自分の欠陥を見つめる」ということを体のしんから叩き込まれているのですが、 それが自分とは対極の人物や能力の人を雇うという形で実現化されている。

やはり、そのバランスがとれていてこそ、 起業家のひしめくアメリカで次々と成功を収めていったのだ。

通常は何か 思いっきり意思決定する時には、まず7割は完成させておいてから、スピードを重視する時には100%の完成を待たずに、行動に移してから完成度もあげてゆく というのが経営での意思決定のセオリーだったりするのだけれど、

そこをさらに スピードで「考える前に、 まず行動」という時には、 裏にそれだけのバランスの道が用意されていなければならない。

でないと、「思いっきり」飛び出したのはいいけど、次がパニックになる。

バスは とんでもない暴走を始めるかもしれない。 けっこう人を乗せながら ガス欠でいきなり止まってしまうかもしれない。  ガソリンスタンドももつからないかもしれない。  それをさがすエネルギーもうせてしまうかもしれない。  その前に事故をおこしてすべてがおしまいとなってしまうかもしれない。

気合は必要だ。 まず情熱が必要だ。  いきおいは必要だ。

一番いいのは では何なのか、 

まず総合哲学を身につけることだ。

どうやら、いきなり始まって この結論に気合でたどりついてしまったようなので、 きょうはここまでとさせていただきましょう。

どうやらバスは走り始めました。

あふれる「総合哲学」の情熱の火にまかせつつ、いざ気合で出発してしまったようです。

では今日の最初の「 今日のひとくちビジネス哲学お笑い」です。

☆☆♪「きょうのひとくちビジネスお笑い」♪☆

うっ 死ぬわけじゃないけど、やばいなー。 ガソリンがなかった。ガソリンスタンドみつけなきゃ♪(「ネットプライスで安いガソリンスタンドを見つけよう(佐藤社長)」より)


以上。

あしたは、吉田潤喜会長のおはなしです。 (やっと何を書くのかが すこしづつ見えてきました(笑))

吉田会長については以前、もう1つのFC2からのブログで詳しく書きましたが、 なんと そのサイトがわたしには見つられなくなってしまいました。

よっぽどわたしという人間はネットの面で欠陥だらけの人間なのでしょう。 吉田会長に欠点の生かし方をもっと学ばないと(笑)。

じつは FC2のほかの二つのサイトを利用して それをタイトルを変えることで再開して新しいブログ群のうち二つは始められると思っていたのですが、  もしかしたらFC2のように、どんどん新しい利用者が増えているブログ会社では一度お休みしたブログは早めに消滅してしまうのかもしれません。

ライブドアですと、今ちょと落ち目のせいなのか、このブログが始まる前からのが今でも残っています。

実は内容の検討よりも この事で いきなり4つのブログを開始するということがわたしには出来なくなってしまったのです。

ここがほんとに欠点ですね。

ともかく その吉田潤喜会長のお話から もう一度書きますね。  たしかこちらのブログには書いてないと思いますから。

ともかく「スポーツ時事」ものの再開も、もう少しお待ちください。

柔道では塚田選手が活躍されてますね。 柔ちゃんの記録を塗り替えたようですね。 すばらしく女性的な魅力ももった選手です。 太っているとその魅力がわたしのような総合哲学者にしかなかなかわからないかもしれません。 そんな体形です(笑)。  わたしの尊敬している柔道アスリートの一人です。  おめでとうございます。 がんばってください。   

サッカーの岡田監督の新体制も 動き始めたようですね。

ミホちゃんの快挙もありました。

お休みしていてすみません。   でも かならず、 この「総合哲学からの『なんでも体操』からのスポーツ時事評論』」という骨太評論の世界も復活します。

もうすこし お待ちください。


では、 きょうは、以上です。


                      ラーメン丈一郎ジェームスボンド、 ことジェーより。


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genre : 学問・文化・芸術

2008-04-22

おもしろビジネス哲学ABC(「ビジネス哲学ってなんじゃい」)

4月22日(火曜日) 第206回

■新規体制の始まりに際してのご挨拶

いきなりですが、 「スポーツ時事」を中心としたブログは別なブログに移します。   その再開はもう少しお待ちください。

このブログは 今、ずばりSEO対策で大改造中です。 まずですが、 このページ自体は「ビジネス哲学」のみに絞った形の わたしの全部ブログの中心的(心臓部的)ページにしてゆきます。

他には、当面これを含め4つのブログを一遍に始めてゆきます。

 総合文化哲学と言っても、ブログに書く内容は大きく分けると7つに分けることができますが、 その内の4つを当面全部公開していく形です。

出来るだけ早く 7つ全部一遍に書けるような体制にしていきたいです。

全部のシナジー効果(お互いに生き生きと交流しあう効果)があったほうが効果的ですからね(笑)。

今の今は、時間的に無理です。 今は、いそがしい時間の合間に必死で時間をもぎとってやってる状態のブログですからね。

最初の4つも、 今日中とかには無理です。  まずメインのこのブログからとなりました。

繰り返しますが「スポーツ時事」も もう少しお待ちください。


その4つの内の1つが「健康」という主題のブログで、そこで「スポーツ時事」を扱う形となり、 それが今のところは今までの「スポーツ時事」の続きの形となる形です。

「健康」というテーマは 栄養の面、食事や料理の面もあるのですが、今までもそうでしたが、そこはちょうど今までどおり、とうめんスポーツや健康のための体操の世界に絞る形となります。

アフィリエイトのためにも、さらに小分けしたほうがいいのですが、当面はこの体制でいきます。

情報化時代は、多元性(興味の有るジャンルのどこから進んでも、やがて人生のあらゆる真実の世界の認識へと繋がってゆく、 その可能性を大きくしてゆける傾向性)が本格的に開かれてゆく時代です。

ですからこの総合哲学のブログも それぞれのニーズにより細かく対応する形で、最初からすべてのシナジー効果をも求めつつ、どこからどのように進んでもゆける選択肢も豊かなそういうブログ群であることが理想です。  一人ではとても無理なところがありますが、 今の今はしかたないので一人でともかくその基礎工事を始めてるわけです。

やがて、「ポータルサイト内知恵のポータルサイト」がここに構築されてゆくでしょう。 ここに来れば星の数のような情報の宇宙的洪水(笑)の中から 大地に生きた土の香りのする実際に役立つ楽しい情報のすべてが検索できるという壮大なアナログの世界からの努力であり、その事始です。

それが実践的哲学の世界の当然の役割だと思っているからです。

今の今は、この事始にあたって、個人的(わたしの)ブランディングも必要です。 だからわたしにも名前をつけました(笑)。

しかし、わたしがではなくて、生きているみんなが「哲学する生き物」として生きています。 その事をj自覚できさへすれば、壮大な「和と対話のブログ群」は必然的なわたしだけの形ではない形でまとまりと豊かさを創り出してゆくでしょう。  わたしの努力は、 その引き金となればいいだけなんです。

ともかく わたしは哲学って実践的でなくて なんで哲学なの?っていう哲学を(笑)持っています。

その論理は、これから このページ(メインのこのプログ)で書いてゆきますね。

フランスのアランという哲学者がいましたが、 この方がやはり同じように広く人間の感情や そのあらゆる表現の世界と そしてビジネスの世界にまで思索を総合的に広げ、 それを元に今までの哲学を総合的にまとめなおし、実際の教育哲学者として活躍された方です。

フランスが哲学の国として知られるようになったのは、このアランの力も大きいのだろうと思います。

わたしは肉体労働者です。 アカデミックな哲学の世界は知りません。 

でも おかしいじゃないですか? 

あなたは それを机の上で読まなければ 実際に今生きているのはあなたなのに、そして今まで長い間生きてきたのに、その大事な人生を哲学できないのですか?

アランのような人の、先人の哲学の努力の集大成をする努力も大切な いや文化上必須の作業の1つでしょう。   でもそれは 常にこの「人の一生」の世界をいかに深く広く総合的に知ることができるのかという、 いつの時代にも変わらない、そしておそらく人に死があるかぎりはつづく、毎回新たにも生み出されるべき課題でもありつづけるのが哲学の世界なんです。

それも常に アランのような総合性とともにです。

わたしはそのアランの哲学にしても 学生時代にたまたま図書館で触れただけです。 このブログにコメントしてくださったある女性は そのアランの学習者でもある方でしたから、 これはかなりの御縁があると思い ここに取り上げさせていただきました。

わたしのブログは そのアランの新しい時代での大衆版であれたらなというものです。

ジャンルも このメインのブログは「学問・文化・芸術」というジャンルを選びました。

それよりもはるかに 全体的には実践的でありたいのですが、 このジャンルに興味のある方に、実際のビジネスや生きることに結びついた哲学の世界を知って欲しいからです。

政治という簡単には答えの出せない実践の世界(いい意味でも深い腹芸の必要な世界)をブログで扱おうとは思いませんが、 当然社会から目をそらすのが哲学の目的ではありません。

その逆が その道筋です。

でも、それは同時に いかにも社会問題と取り組むみせかけとか、今のマスコミでの騒ぎの渦とかに巻き込まれるのが哲学の役割なのではもちろん無いのです。

まずは、真の対話の場、より人間的は対話、 人生の本質からの対話とはなんであるのかを、ここに深くさぐってゆきましょう。

このブログで最初にとりあげた「言葉ってなんだろう」とうカテゴリーテーマも、 ここにてより実践的に復活してゆきます。

他の7つのブログ、とくに今回いっきに始めてゆく4つのブログの紹介は、ここで中途半端に書いても意味はないでしょうし、長くなってしまいますので、 それは それぞれのブログに任せることとさせていただきますが、

「むむ(笑)」

ちょとだけ触れておきましょう。

「健康」がテーマの「スポーツ時事」ものについては すでに触れましたし、今までのつづきですからそれでいいでしょう。

そうそう、この面で、話が始まっていました「小川直也道場」のことですが、 最初のご挨拶のメールには丁寧にお断りのメールが来ました。   それに対して、もちろんわたしも礼儀はつくしつつ、「ではギブ&ギブ」のみに絞りますという返事のメールを送り、今ファックスでその資料(格闘技の技術に関するわたしの考えの実技編の資料)を送り始めています。    ですので、 ちょうど、このブログの大変革期にて、しばし、この話は無かったこととさせていただきます。   あくまで礼節は最大限に尽くすべきです。 そうすればいつか何かの答えが生まれてきます。 きっその答えからそれは再びこのブログにも反映されてゆくでしょう。  しかし、今の今は、この形を守るためですので、どうかそのへんご了承ください。

あとの二つですが、 その内の1つは、 あらゆる表現文化ジャンルのうち歌というジャンルの世界が体操やスポーツの次に、楽しく実践的に表現の世界の奥へと入ってゆける世界ですので、そこにわたしも集中し、歌や音楽の世界の本質を扱ってゆくブログにしていきます。

「ラー」音のみでのアカペラ、 ギターの音色の感じでの歌というわたしのオリジナルな技術の世界をもこれを同時に 公園等で公開しつつ、 これこそ実践的に哲学からの歌の世界を紐解いてゆきます。

歌の世界は、うまいヘタを超えた世界もあります。 でもその価値の世界をこの今の音楽産業の世界に実現してゆくには、「うまいをさえ越えた技術の世界」が必要と思いました。  その詳しくは、けだしそのブログが始った時のお楽しみに♪

もう1つのブログは たぶんこれが次ぎの最初のブログとなりますが、このブログで「セックスを深く考えよう」とうカテゴリーを扱っていましたものを、 あらためて再開する形のものです。

セックスは 実践的な哲学の土台となる存在感や健康価値意識の土台ともなりうる世界です。

一方 わたしが昔あるきっかけで大量に見たポルノ映画の世界のように、ひどい乱雑な表現の世界もあったりして、とても子供達に見せられんないと言われてる世界もあったりするテーマの世界ともなってしまうのですが、

その裏の世界 アダルトの世界も、この哲学の世界からは 当然、そこに「目をつぶる」のではなく、それを改善してゆく実践の道を開始してくこととなるということです。

私自身が 直接アダルトの世界に今からなんらか携わるということではありません。  時間があればその努力は始めたいのですが 今は 表の世界で その同士をつどったり、 アダルトの世界の人でもすばらしい努力をしてる人達は今ではたくさんいるはずですから、 その人達との表とのつながり(まだ未熟な子供達にも語れる世界とのつながりということです。)の部分を構築してゆきます。

これも詳しくは そのプログが始まった時のお楽しみという形とさせていただきましょう。

新体制自体は、この4つのブログで 再開してゆきます。

しかし、 この総合文化哲学の真にシナジー効果を求めるには、本当はさらに次ぎの「バーチャルな視覚芸術の世界」のブログがまず求められるところです。

そこでは 写真の世界、映画の世界、 それこそ、DVDやビデオ 動画、アニメの世界の未来像やこれからの見通しの世界が哲学の世界からは巨大に浮かび上がってきます。

次ぎの「セカンドライフ」のためのさまざまな本質的な改善アイディアとかも飛び出し、わたしのこのブログはいよいよ新しい情報化社会に対応し始めてゆくでしょう。

その次が むむ という感じでしか 今は書けないのですが「旅行業界の未来について」の哲学です。

このジャンルが実際の総合哲学の世界では「教育改革」の実践的な柱ともなっていってしまうのです。

今どうせこれを書き始めても意味が解らないでしょう。

バーチャル名部分も、そうですが、 やはり、そのへんは、 例えば映画の世界の前には 映画における演技俳優術の世界を歌の演技の世界から追いかけておく必要があったりして、先に歌のジャンルの幅広い基礎知識が必要だったりします。  最初にはこの最初の4つのブログ群のテーマでいく必要があるところです。

最後の7番目のジャンルは これも 一言で書いてもなぜそれが総合哲学なのかよく解らないと思いますが、 それが「建築設備哲学」のジャンルなんです。

ここでは、フランス人のコラスさんというシャネルの社長さんの 日本の別荘の話をしておきましょう。

このフランス人でありながら日本の雨や風を音の感覚を愛している哲学者のその別荘は 雨戸があり、そして その風呂は なんと日本人が長い間、シャワー文化で失っている ほんとうに「温まる」日本式の風呂なんです。   肌感覚を忘れて 未来の住まいはありません。

ロボットの文化もここで逆に追求していきますが、ロボットには、五感の形はあっても 五感の心、特に肌や 舌の感覚の心が無いこと、 ここで言えば「雨や風の音」の深さをキャッチできる直接の機能が永遠に無いことに哲学のメスをいれてみておいてください。

後は すべて、それが始まった時のお楽しみにさせていただきましょう。

それでは、 きょうはご挨拶のみにて、

あしたからの新体制、 このメインのブログもお楽しみに・♪


                       byラーメン丈一郎ジェームスボンド



(追伸)

いきなりタイトル名も変わったのに、 その説明とかがまだしていませんでした。

「ラーメン丈一郎ジェームスボンド」という一見ふざけたネーミングについてもです(笑)。

これは当然 SEO対策の一環ですが、短期に考えればいままでの「ちょいシャレ」の方がいいはず、
「ちょいシャレ」と検索すれば一番表示どころかずらっと「ちょいシャレビジネス哲学会」が出てきますから、 いざ宣伝をする時に便利です。

でも、わたしのブログは 哲学のブログですから わたしが今書きたいと思ってる内容のおそらくは100分の一もまだ書いてはいないわけです。    これがわたしのプログであり、その努力なのだと言えるだけのものは、その内容から言ったら、まだまだ書いていない段であり、 その意味ではまだ宣伝は早いのです。

あのですね。 たしかに、アクセスがあるならば、宣伝とはともかく始めるべきものというマーケッティングのセオリーを無視してるのではないですよ。   でも、詳しくはともかく まだ始めてはいないのです。

それよりも 「おもしろ」とう言葉と「ABC」という言葉は、 たとえば「ビジネス」という言葉で一番表示を狙うよりは簡単なところ、 その理由はわたしの推理では簡単です。

「ビジネス」という言葉で グーグルが表示するサイトを選ぶ規準に その属性の文章の量と毎日重複無しに書かれているかという規準があるはずだと思うのですが、 この基本的な規準はまた変わらないはずだとも思うのですが、 「おもしろ」とか「ABC]とかいう言葉は別にそのタイトルでの膨大な大手とかのサイトやその裏のリンクとかのひろがりがあるわけではないとわたしには思えてしまうからです。

単純であれば、そのはずです。

ただし、 その二つの言葉は何十万という人が検索の時に使っているというデーターが出ている言葉です。 こうした手の言葉がほとんどさがしてもほとんどゼロに近い中で奇跡的な言葉とも言えるのですが、  それだけ多くの人が使っているということは、その中で一番表示されるにはやはり大変な努力がいるわけです。    哲学という言葉も 学者とかが書くものなのでしょうから そこでこの忙しい身の私が闘いをいどんでも、一番になるには時間がかかりすぎます。   もちろん「ビジネス」も「哲学」でももちろんいつかは一番表示されるぐらいの努力はしていきます。    しかし、これでは今現在のアクセスへの道が開けないわけですから、 それで こうした穴場の言葉を見つけたことはおもしろいところです。

もし、あたなが、ブログをやっていてそこにSEO対策が必要ならば、それはそれで数ぺージ目には表示されないと意味がないのですから大変ですが、 挑戦してみませんか。

中身をその言葉どおり、一番におもしろくする努力ですし、 まさにABCという言葉の通り 誰にとっても解りやすいかつ深い哲学の世界とかを求めていきばいいのですから  それは物を書く本質と繋がっています。

その意味でもほりだしもんの言葉でしょう。 

これならばまた、もしグーグルの専門家がそのSEO対策を見つけても むしろ応援したくなる正しいあり方でもあるはずです。

この手の、言葉で、これだけの人が検索している言葉は他に見つかりませんでしたが、 他にもあまりにも多数の正しいSEO対策へ繋がるのだろう言葉は見つかっています。

とても書ききれないですが、 この二つは、本質的にお薦めできるものと思い多少詳しく書いておきました。

ニックネームの方は「ラーメン」という言葉の部分が 多少のSEO対策の部分です。 「ラー」音でのわたしのアカペラに引っ掛けたわけです。  しかも、予定では辰吉丈一郎の仮面を作って顔の上半分にかぶって歌うつもりですので、これでラーメンとなるわけです。 ラーメン丈一郎です。

そこをさらにジェームスボンドとしたのは、これはSEO対策とは関係ありません。

ジェームスボンドとか辰吉とかは知名度は高いわけですが、個人の名前で検索する人の数は極端に少ないです。  今現在のアイドルとか俳優とか芸能人とかは例外ですが、これは逆に使えません。 極端に多いのに、その名前を意味ある形にしてゆくことなんて出来ませんから ともかく逆にSEO対策としては逆効果になるだけだからです。  100年かかっても100ページ目にも表示させるのは難しいで笑。

ジェームスボンドというのは昔わたしのあだなが「ボンド」だったことがあるからです。

そこを合気道の いろいろな心の概念と技の世界とを結ぶ哲学から借りて、知恵結凡土(ジェームスボンド)と もじったわけです。

わたしの哲学の世界の目標であり理念のようなものですね。

長くなりすぎましたので、このへんでやめておきますが(笑)、 けしてふざけてネーミングしたわけではありません。  

では、このページ最後の「きょうのひとくちスポーツお笑い」です。

☆♪

「わたしはホラ吹きだが、けしてふざけてるのではない(byモハメッド・アリ)」
「わたしはホラ吹きではないが、 いつもふざけている(byラーメン丈一郎ジェームスボンド)」

同じようなものですけどね(笑)

♪☆

以上です。




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genre : 学問・文化・芸術

2008-04-21

ちょいシャレビジネス哲学会(「なんでも体操」からのスポーツ時事評論)4月21日月

第205回 スポアフィリ(50)

きょうは、始めて筆もとまってしまいました。 

筆というよりキーですけど、キーボードの前でともかく指が止まってしまいました。

ブログ大改造のために スポアフィリはお休みしていますが、 アフィリエイトのために中途半端な改革では駄目だと思って徹底してSEO対策の世界とネット検索の世界を追及しだしたら、   これはもうすべてを大改造しなければ、アフィリだけでなくて、ただしいビジネス哲学という大きな目標にたいしても、

この膨大な量の情報の流れを「まとめこむ(それが哲学の役割だ)」ことはできないと、解ってきたからです。

もちろん、今までもそれなりに広く深い見通しがあって これを書いてきましたが、 今のネットの情報の全体的な流れを見てみるとその洪水を正しく誘導すべき哲学の使命の大きさにあらためて気がつくとともに、 だからと言って手をこまねいているのではなく、実践に移していくべきだというのならば、

これはもう、とんでもないほどの思いきった改造をしなければならないと 感じたからです。

その嵐の前の静けさだといいのですが、

今 わたしは どうやら、沈思瞑想の思索の世界に入ってしまっています。


☆♪ うーむ。 いったいどんな嵐の前の静けさなのか(笑)。♪♪♪♪♪☆


すみません、  ほんとにすこし考えさせてください。



                       哲歌隊長浩、 こと中村浩

theme : 総合哲学スポーツ時事(これからのスポーツ)
genre : ニュース

2008-04-20

ちょいシャレビジネス哲学会(「なんでも体操」からのスポーツ時事評論)4月20日

第204回 スポアフィリ(49)

しばし、大改造中のために、お休みしています。

ネット苦手人間であるその面に大きな欠点を持った私でもできるアナログの世界の思索や経験を生かせる面での「SEO対策」のためです。

どうせなら、その面 せっかくここに来たのなら盗んでしまいませんか。

よいリストを集める? とか連動するとか?そういう対策は私には解かりません。

他の良いサイトの応援がある形が増えれいるという証拠が増えることになり、それがグーグルに信頼という評価を提出することになるようなのですが、 その事自体は解っても肝心の「リストとは?」とか「どうやって良いリストに?連帯してもらえるのか?」とぃったことがまだ私には理解できないからです。

どうやらその方法は この情報の山奥からの出発を余儀なくされる現在のブログを、 いきなり初期のブログがそうであったように銀座の一等地に店を出させてもらうというそんな「ドラエモンのどこでもドア」のドアのカギのようなもののようですね(笑)。

でも もちろん、銀座の一等地、今で言えば六本木ヒルズに店を出させてもらっても、つぎはぎだらけのダンボールでできた小さなお店では むしろたちまち追い出されるか、それ以上のしっぺがえしが待ってることも考えられるところ、  まずは、自己サイトを整えるのが先決だという手順はそこの前段セオリーとして考えられます。

そして、その自己サイト「SEO対策」の方ならば、 いざその世界を覗いてみると、私の得意分野とマッチするとことがあったというわけです。

まだ それに触れて数日ですが、その得意分野自体は「総合文化哲学」そのものです。

いきなり多くの気づきに出会ってもいます。  それを、このお休み期間にも 公開していきます。

「「どうせならば、 せっかくこのページにいらっしゃったのですから、 どうぞその知恵を盗んでいってください。」」

実際には 改造に着手するのは今日からです。

でも、その間に、準備としてインプットした情報からの、そして「哲学」の方からの知恵の世界をアウトプットしてゆきます。

すでに、その全てをこの休み期間に書けるわけではありません。 ですから その続きにもあたるブログは必ず 近いうちには新しいブログ群の仲間に入れて さらにアウト・プットしてゆくつもりです。

哲学のサイトの強みで 情報は、ほとんどすべて無料化を目指せますから(ビジネスの戦略としてでもです。) それは読者のかたにとっても 最高にお得な世界となってゆくでしょう。

その事始めです。  

まだ赤ちゃんとはいえ、猿と人間の赤ちゃんの脳の違いが その「微笑み」の差としてなら現れているところでしょう。  笑いのゆとりの差、  でもこれは大きいものなのですよ(小)→ (間違えました(笑)でした。)

読んでみてください。

^^^^^^^^^

すみません。 きょうは、また ふと指の操作の手違いで、なんと二回もすでに、書いた文章をみずから消してしまっています。

ここまで手先が不器用ですと、これはもう運命なのかもしれません。

今大改造中です。 このブログ自体のリニューアルの方に集中させていただきます。

どうせ、今日書いた内容は、 改造された新しいブログ群のどこかのブログで 書いてゆくものとなっていくでしょう。

不器用ですが その分、 あらゆるタイプの人にいざ教える分には誰よりもうまい という体験をたくさんしてきてもいる私です。  ご期待ください。

体操のことでも、確かに体幹体操に関しては その道の天才達に遅れもとっているでしょう。 しかし、ここにすでに書いた基本の体操に関しての意図は けしてそれだからといって揺るぐものではありません。

それはそれで大事です。  そのへんは私を信頼してください。 それだけ付け加えて きょうは筆を置かせていただきます。


最後に  では きょうの「ひとくちお笑い」です(笑)。

☆♪「きょうのひとくちお笑い」♪☆

不器用のおかげで こんなに哲学しないでは生きてこれなかった。  かどうかはともかく、たくさん生死をさまよってもともと考えることの多き人生、そのおかげでさらに「人」について考えが広くなったことは確か。   それで いつか世の中がすこしでもよくなるならば、 この不器用さによる今日の失敗の連続なんかにへこたれる必要なんて無い!!!! (「とある強がり」より)


以上

きょうも、 お読みいただき ありがとうございました。


                      哲歌隊長浩 こと中村浩、


明日から 正式に再開できるといいですね。 でもだいぶてこずりそうです(笑)。


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genre : ニュース

2008-04-19

ちょいシャレビジンネス哲学会(「なんでも体操」からのスポーツ時事評論)4月19日(土)

第203回 スポアフィリ(48)

今 ブログ全体の中身の大改造のために、 スポーツ時事もアフィリエイトもお休みしています。 

毎日 格闘していますが、 忙しいものであしたのい日曜日にならないと全体の実際の改造は出来ないと思います。

哲学の方から考えての「正しいSEO対策」を模索しているのです。


すべて、私のネットの勉強が出来ていないことからのあがきですが、 今のところネットに関してはどのように基礎を身につけていったらいいかわかりませんし、協力者を雇う形も無理ですので、  自分の出来るところを徹して伸ばしてゆこうというものです。

まだ私の総合哲学の考えは 書き始まったばかりですが、それでもこれだけの分量が200回も毎日書き続けられました。  もちろんひとつとして間違った重複はないはずです。    重要な新しい概念や、そこへ繋がる布石のみ書いているつもりです。  総合哲学パワーの1つの結晶ではあると思っています。

しかし、この情報化社会にては、このままでは、ネットのゴミ箱のや山の中にそれがこれからの社会にどれだけ貴重な資料であるかいなかを問わず押し込められやがて消えていってしまう可能性もあるということに気づかされてしまったのです。

アクセス解析を設置してみたら、 それは設置の仕方の間違いのせいなのかもしれませんが、読者がゼロという数字だったからです。(ともかく そういった面は私は苦手です。)

もし読まれている方が今いまして、 そんなことはありえないということが解かりましたら教えてください(笑)。 またこんな私にも、正しいアクセス解析の設置の仕方を教える自信のある方は 是非コメントで教えてください。

いずれにしても、なんらかの検索をたどって、読者はこのページに触れるわけですから、それをどのように使うかはともあれ、SEO対策という世界を知っておく必要はあったかと思います。

それにあわせて 今 いっきに、自分の総合文化哲学を、いくつものブログに専門化していこうと思っています。  それぞれのジャンルを別々にして、 それ専門に興味のある読者を集め そこから他のジャンルにも興味をもってもらい、とくに総合的シナジーの世界、その中心の哲学の世界にも興味をもっていただくというパート統合体制です。

そのうちのSEO対策ですが、 今 何を検討し、何をしようとしているのかを、具体的に公開してみます。

お休みですが、 そのぐらいのサービスは出来ます。 

もし何かお役に立つようでしたら参考にしてください。

まず、わたしは、ヤフーで「検索」という言葉で「検索」をしてみました(笑)。

すると二番表示されていたネットでの検索の一覧が まずすごいものだったのです。

これだけまとまっている検索サイトすらも、 いい情報、役立つ情報、今それぞれの人がもっとも必要としている情報の現在有る全てを網羅しているわけではありません。

その事についての詳しい考えとかは、ここではともかく、何点かだけ書いておけば、まずニュースの世界に、解かりやすい事例があります。  今ネットではジャパン・ビジネス・ニュースというとても内容の深い世界中にすぐれた記者を派遣したネットニュースの世界がありますが、 その大手が網羅されてるこの一覧表の中では マイナーなそういった世界が、実質的にはよりすぐれた情報であっても、かつ大手との重複を避けた記事でできている優れものであっても、 それはこうした一覧からは省略されてしまいます。  この検索一覧からネット・ビジネス・ニュースにたどりつくのは困難です。

さらに、もう1つの観点から そのへんを語るならば、これは今私のブログで扱っている「体操」の世界の情報を例にとるとわかりやすいかとおもいます。

この一覧から、あらゆるスポーツ時事の記事を探すことはできそうです。 また スポーツのカテゴリーを追いかけてゆくことで、 その最新情報にどこからでもたどり着けそうな気がします。

しかし、では「体幹体操」という言葉でヤフーで検索してみてください。 そこにはとても、すぐれたいくつかのその面のトップ団体の情報が すでにすぐれた動画入りで説明されています。 わたしのブログでは その前段の基礎の基礎と、その大切さの哲学の世界しか扱っていませんが、 そこにも「スワイショウ」の発展形があると書いてはおいたところ、私自身がひとりで追求を始めていたそのへんをわたしよりもはるかに組織的科学的に研究してる世界がたくさんあったということでもあったのです。

もしわたしのブログの実技編にも興味があられた方は、是非覗いてみてみてください。 すばらしい体操がいっぱいあります。  総合哲学の世界からは その上でさらに追及したい課題とかもあるのですが、またそれはまだおそらく開発されていない世界だと思うのですが、

ともかくこのように、ネットの情報の世界はすでに奥が深いです。 

体操というジャンルにしぼっても、私が書こうとしている世界はほんとに明日の社会にとって発展にとって大事なキーでもあると思っています。 

私のブログ自体も、 どうしてもこの情報の山が作ってしまったゴミ箱行きとなってしまいかねない検索の流れという「言葉選択」の世界も充分検討して、目立つ商店街展示場の表に顔を出させなければならないところです。

繰り返しますが、 そのためのお休みをとっています。 どうかご了承ください。

世界中のどこかでは、 簡単にはまだ発表もできない、大きく分けて2つもあるその新しい体操の概念も、 すでにどこかで研究が始まっているのだろうと思います。  またそれも、ネットのどこかにては発表も始まっているのかもしれません。

ともかく、このように、これだけまとまったすぐれた検索サイトすら検索のすべてではないということは、この哲学のサイトからはまず触れておかせていただきました。

そのうち、 個人が自分が今必要な情報を、今現在さらに絞り込んで急ぎ調べる場合に役立つのが
この一覧の中にもでています「Q&Aの」の世界です。  これだけの[検索一覧」をたどってもなかなか探せない内容のものを、 その道に特化して興味をもち、考え体験している人は専門家ももちろん深いでしょうが、一般の方にしてもその道ならではの深く広い情報を持っていたししますので、特にOKウェーブのような真剣な理念を持ちかつ参加者の多いQ&Aサイトでは、 それに特化した情報を教えてくれる人と出会える可能性があります。  また、その可能性は今後ますます増大してゆくでしょう。

ともあれ、いざ、本気でSEO対策に 今は個人で取り組まなければならない状況にて、私はまず、このサイトの活用から始めてみることにしたのです。

私には いわゆるSEO対策でほかの人達が何をしているのかは全く知りませんし、 おそらくその技術的な面では、これだけその面が苦手なのですからとてもとても今の今それの追いつくことはできないでしょう。   しかし、明らかにその本質は「検索」という世界に今 展示場とゴミ箱という[言葉」の場所の違いが生まれてしまっていて、それの対策がSEO対策であるという本質は変わらないのです。

ピング送信が間違っていれば、SEO対策も逆効果となる とかも聞いたりはしますが、私にはまだそのピング送信とか リンクとかの意味がつかめないのです。   よほど何かの基礎が抜けているのでしょうし、やはり、苦手な世界なのでしょうね。

ですが、できるところは、まさに総合哲学の世界が生きてきます。

そのすべてはとても書けませんが、 あしたも、もうすこし、私自身のこの世界での闘い、今現在進行中のSEO対策の闘いを、その地点から追いかけていってみましょう。

すみません、 どうしても長くなってしまいますが、ここまで書いたら、もうすこしだけ触れておくことがあります。

あした書きますが この検索一覧サイトのほかに、もう1つの手がかりとなるサイトを今回見つけていますので、それもご紹介します。

それはその言葉がどのぐらい検索されているかを一目で調べることの出来るサイトです。

そしてともかく、この「ちょいシャレビジネス哲学会」というタイトルならば、「ビジネス」という言葉は最高の検索数をほこります。 一方[哲学」という言葉もそうとうの方がその言葉で検索をしているという事実もそれによって判明しています。

しかしそれでも その二つを組み合わせた形となっている「ビジネス哲学」という言葉は、すでに書きましたように、ゼロに近いかもしれない数字となっている点、

ここにすでにSEO対策の 本質が垣間見えていると思っています。

検索数の多い言葉をただ取り入れても、その中に埋もれてしまうだけということもあるわけですからね。

では、この情報の山の中で 私たちはどのような対策を追いかけてゆけばいいのだろうか?

あしたも、そのへんも含めて追いかけてゆきます。

では、きょうはここまでです。

かなり変則的となっていますが、  大変革のためのお休みの時間での必死のサービス、どうか気持ちは受け取ってくださいね。

変則的であるにもかかわらず。 つづけて読まれてくださっているならば、ほんとにありがたいことです。

ともかく、もし読まれているかたが今いらっしゃるならば、 ほんとうにお礼をいいたいです。

ありがとうございました。  きょうもほんとにありがとうございました。


                      哲歌隊長浩 こと中村浩

今朝 その時間は充分あったのに、またお笑いを書くのを忘れてました。  こんな程度のことで「笑い」のゆとりを失うようでは哲学が泣きますね。

☆♪「今日のひとくち検索お笑い」♪☆^^/。

「書いても、書いても、わがブログ、アクセス無し、じっと手を見る。 」「手なんて見てないで手を打て」[なるほど]ポンポン! 「ちゃうちゃう、神頼みじゃなくって、 SEOの手を打て。」( 「なるほど」より)

読者の通り道から遠く離れた林の奥には、せいぜい蛇とか虫ぐらいしかいませんからね。 SEO対策というドラエモンの「どこでもドア」をはやくみつけないとね^−^!。 

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2008-04-18

ちょいシャレビジネス哲学会(「何でも体操」からのスポーツ時事)4月18日(金)

第202号 スポーツアフィリ(47)

今、このブログは、SEO対策とその流れへの巨大な疑問の中で格闘しています。

あした、そのへんのことをもう少し詳しく解説しますが、

きょうは、成功哲学などで「イメージ力」と語られていることの意味合いをみなさんといっしょにおいかけてみたいとおもいます。

わたしは、いままでに6回ぐらいは「ポン吉シリーズ」という愉快なネーミングでやはり総合文化哲学を扱うブログを実験的にやってきました。
そこでは、アクセス解析は自動的にメールで送られてきましたので、 簡単な読者の把握は出来ていました。

おもしろいことに、 ある時から平均して毎日2.3人づつ増え始めていたのです。

それで100人ぐらいとなってから 理由があってやめています。

その読者のイメージでわたしは、 今回のブログを正式な総合哲学のブログとして始めたわけですから 普通に考えれば、 今ごろは少なくとも何百人という読者がいるというイメージを持ってこれを書き綴っていました。

ところが、今の情報化社会は、そこにSEO対策というものが全く考慮されていない場合、 これだけの情報の山が積まれた世界の中では、 その言葉、そのタイトルに どんな人を愛し、哲学する人間をリスペクトし、かつ啓蒙する意図とその魂が込められていても、 それが検索されない言葉であるならば、  ちょうど、富士山のふもとの巨大な樹海の林の奥にうもれたまま誰の目にもとまらない可能性があるということになってしまっているわけです。

文章の起承転結のセオリーから言っても、 これはちょっと、人の魂から出てくる文の世界を曲げてしまう異状な世界です。

テーマを文の意味合いから選ぶのではなくなってしまうということになるからです。

ただ、あまりにも多くの人がこの渦に巻き込まれてしまっているので どうやらこの矛盾には記が着きにくくなってるのだと思います。

そのへんの詳しいことは あしたお話しするとして、

では、ここでイメージの話にもどりましょう。

さて、この アクセス解析を設置できない(?)わたしが、 前のデーターをもとにたとえば、500人前後の読者を想定してこれを書き続けていたとしましょう。

で、実際には ちょうど検索する人が一人もいない「言葉」がタイトルとなってしまっていて、今はまだはっきりとは解かりませんが 読者がゼロか ほんの数人のままだったとしましょう。

と、  個々で「イメージ力」とはいったいなになのですか?

という問題提起なのです。

よく言われるのは「リアルなイメージを持っていれば かならず実現する」というものです。

わたしのイメージは かなりリアルなものでした。 以前の実験の結果からのイメージでしたからね。

それなりの分析かもしれなくても、 じっくり読んでくださってる読者の数の増え方であることも推測されていましたから、 偶然ではない 確率の高さがそこにはあったわけです。

そのイメージから、それはさらにこんなふうなイメージとなって私はこのブログに情熱をそそいでいました。「今は、まだ始まったばかりだから、 しかもそれを宣伝してないのだから まあぜいぜい 多くて千人程度の読者数だろうけれど、 この内容のものを読んでくれてる人なら、それはずでにサイレント・マジョリティーという今は静かにみまもりつつ、いつか最大の応援者となってくれる読者だし、 ここまで書けば、そろそろ 宣伝も有効になってくる。、   さあ、 一気に飛躍の時がきて、次はいきなり5000人ぐらいにはなるだろう。   でも5千人とか 50万人とか そんなものがこのブログの目標であってはならない。   5年の後には、一億人近い読者を目指さなければ 哲学のブログとして申し訳ない」 と、 そんな感じですね。


「イメージ力」の世界を否定しているのではないのですが、 これでよく言われてる「イメージ力」の世界の説明のしかたがいかにいい加減なものでもあるかを理解できると思います。

一億の読者が アナログの世界ならばその内容からリアルにイメージできたとして、もしその内容にふさわしいタイトルが この検索の世界で誰も検索しない言葉であったならば、それは、銀座の一等地に店を出すに等しかった始まりの頃とはちがって、 今でもいきなり世界中の市場が相手である場所に出てゆけるとはいえ、 その市場には大きな頑丈なゴミ貯めができていて、そのゴミ貯めの下の方に置かれてしまう ということも、 ありえるということであり、

さあ そのイメージがいかにあろうとも、どんなリアルであろうとも、 その物理的な位置には一切かかわりがない ということだからです。

では、成功に「イメージ力」が関わりが無いのかというと、 もちろんそんなことはありません。

この事に関する哲学は 詳しくは あらたに別なブログで追いかけてゆきますが、

こういうことです。

「イメージのリアルさ」ということでは、 それを心に描けても、間逆の場合すらあるわけですが、

(もちろん、そこにも偶然とか、それなりの必然性とかもある場合もあるのですが、ここは略します。)

まずは、こう考えると解かりやすいと思います。  「目標を強固にするイメージ」これが大切なのだというふうにです。

その時には「リアルなイメージ」も その1つとして「目標を強固」なものしして、なにがあろうとへこたれない魂をその 実践と思索の道に植え付け、たしかに、それは成功へのまさに強固な必須条件となるでしょう。

もちろん、これさへ絶対条件ではありません。  目標のためには、常に改善してゆく柔らかい心や頭脳が必要だったりします。

同じように 健康も必須です。 いや、健康こそ それ以上の必須条件のうちかもしれません。

ほんとうは、総合的にできるだけ人の生涯という事をどれだけ思索できるかによって その必須度は理解されるべきなのですが、 基本的には 健康は、 まさに成功にとっても要(かなめ)のようなものです。

つい、夢中になることで、高い目標と健康のトレーニングが出来てゆくスポーツの世界も ここにもっと豊かになってほしい、哲学からの魂があったりします。

それが、このスポーツ時事評論の世界を、今生み出し続けています。

解ってください。 アフィリエイトの人気のために、この題材を選んでいたのではなく、本気のイメージとして、これを一億人の人に伝えたくてこれを書いていたのです。

でも「ビジネス哲学」といやフーで検索すると、 アフィリエイトというグーグルがはじく要素の多い形なっても、、またスポーツ時事の内容に集中する形になっていても、なお 2ページ目か3メージ目には「ちょいシャレ哲学会が表示されるようになったということは、 (アフィリエイトを始める前には 一ページ目に表示され始めていました。)  簡単に言えば内容はグーグルに評価されているということですが、

この「ビジネス哲学」という 言葉が 「ポン吉」が300という数字で検索数が現れるとある分析で(今回調べているところです。) その肝心のタイトルでは検索数は10です。

しかもこれは10以下を全部含む数字、 つまり可能性としては、ほんとにゼロである可能性もあるタイトルではあったということです。

ほんとうは、哲学というタイトルで スポーツのみを何年も扱うとなれば、グーグルという機械もその意図を理解できなくなってくるでしょうから、 それもまた不利です。

実際には スポーツを通してて、人生全般の哲学の理解も深まってゆく世界であるのにも関わらす おそらく機械の世界では タイトルとどんどん離れていく内容のものと判断していってしまうでしょう。

こうしたことを  わたしは、今 強固な目標が 強固であるゆえに、どうしても改善しなければならないのです。

私は 本気で今SEO対策にも取り掛かり始めました。  

しかし、それは、すでに柔道で言えば、「山嵐の技」の世界にてです。

けして、たしかに異常な「検索への迎合」の世界にて、文の魂まで売ってしまうようなやり方ではなく、 本来の日本武術の柔や、合気の理想である あらゆるエネルギーへの柔らかいバランスの世界をそこに最初からもとめて その「言葉」をさぐってゆきましょう。

では、きょうはここまでです。

あしたは、いよいよ具体的に、今やってることの秘策とかをお話します。


それでは、 ほんとに申し訳ない形となっていますが、 新体制まで、 もうすこしこのリニューアルのための時間を私に与えてください。


ありがとうございました。

もし読まれていられる方がおられましたら ほんとに感謝いたします。

ありがとうございました。


                   哲歌隊長浩 こと中村浩

おっしっらっせ

すみません。  お笑いのゆとりだけは どんな時もわすれてはなりませんでしたね(笑)

☆♪「ひとくちお笑い」♪☆

もう少し待ってください。 今笑(ショウ)対策もしています。  5つは 一気にブログを増やしたいのでそしてその全てにそれようの「ひとくちお笑い」は付けたいので、 その対策にもおお笑わです。

どんな哲学ショウ(SEO)が始まるのか お楽しみに♪☆

このコーナーだけ きょから復活しますね(ショウ)。

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2008-04-17

ちょいシャレビジネス哲学会(「なんでもかんでも体操」からのスポーツ時事評論)4月17日(木)

第201回 スポアフィリ(46)

アクセス解析の設置自体に失敗をしているのか? それとも そのアクセキ解析の結果は 読者数ゼロが ずうっと続いていることを意味するのか?  それ自体を判断できない状態からは、 次の行動はとりにくいです。

もしかしたら ということであっても、ゼロではないにせよ、読者がほとんどいないことが想定されるかぎり そのためにも私は大きな改善に踏み切るべき地点にいます。

しかし、 もし、すでに熱心な読者の方が 以前実験的に他のブログでやっていた結果が示していたように数字の変化の具合から確実に 100人近くもいたとしたら、    ただ単に ネット操作技術の盲目のあがきのような失敗がこのアクセキ解析の意味するところであるなら、

いまの、このお休みは、 読者にとっては大変申し訳ない形となっています。

ただ、 どうしても解かっていただきたいことがあります。

わたしは、虚弱体質となってしまった人間として、さまざまな弱さにほんろうされながら生きてきました。

はっきりいって 子供の頃ですが、神経が参ってしまって気が狂ったことさへあります。

さまざまな惨めな世界をも生きてきました。

そのぶん必死で生きてきて、とうとう総合哲学と人に言えるものを掴み、そこに天命も見つけ、その泥沼の中から立ち上がったのが 私という哲学する人なんです。

お人よしといわれようが、わたしは今、究極は弱い人達のために立ち上がったようなものです。

「お人よし論」はながくなりますので、ここでは略しますが、 ともかく自分のための哲学のブログだとは思っていません。

そしてまた  こんなところで立ち止まっていたり へこたれたり 意気消沈なんてしていられないんです。

このようなきっかけがなくても、 常に改善の努力はしつづけたでしょうし、 やがては一気にじゅうじつしたブログをたくさんのパーツにわけて 統合もする形にしてゆくつもりでした。

今回は、 哲学からのSEO対策の模範を示すためにもSEO対策も含めた、その小分けのミニ版に挑戦しようとしているだけです。

でも いずれにしても、テスト結果ということは ほんとうは出来うるかぎり 商売であれ啓蒙であれ重要なことです。 

自分の信念、哲学の自信にはいさかかもゆるぎなくとも、 市場や読者の意識の流れともそれは調和させていく必要があるのです。

自己満足が目的とか あるいはゴッホのような立場であったり、あるいはいつかは情報の山から いいものは必ず拾い出せるとかいう形で書いているのならば それはそれでいいのですが、

たとえば、これを書いているのも、 一刻も早く、 弱いかわいそうな立場を生きてる人が 総合哲学の力で少しでも助かって欲しいという 存在していることの自覚の魂とともにある心からこれを書いています。

私の今現在の この努力は セームシュルトの道にも似ています。 でも同時にセームシュルトが辰吉丈一郎のような目に障害を持ってしまったときがそうであるような そんな感じの立場です。

総合哲学には、セームシュルトぐらいの チャンピオンのゆとりがあります。 でもネットに関して今のところ大きな盲目状態をよぎなくされつつ、闘ってもいるからです。

まだスポーツ時事の形の内で これを書いていますので、 再びこの前のセームシュルトとマークハントのK1での試合を ふりかえるならば、

このような状況を生きている私自身には 今セームシュルトは「友達」というイメージで私の心に入ってきます。 

あれだけトップに立ちながらも 必死でされに上を目指し続けてる何かの必死さが 向上心が私の心を打つのです。

一方 マークハントは、私とは真逆の健康そのもののファイターです。 

弱さではなく、心に関しても 強さにあふyれています。  健康ではちきれています。

目も素朴な子供のように 輝いています。

彼は 負けても勝っても その健康な心とは何かを、私に教えてくれます。

負けることは、どんな精神の持ち主にもありえます。

たとえば、巨大な戦車に立ち向かっていってそれを投げ飛ばせる人はいません。 誰も物理的な要素には負けてしまうのです。  

でも、 それでも闘う人間の良心の姿を 格闘たちは 時としてあまりにも美しく私たちに示してくれています。

その最大級のアスリートの一人が 私にとってのマークハントです。

この前の試合では セームシュルトに、負けました。

でも もし 私がその試合を見ていたなら どれだけ勇気づけられたでしょう。 

今でも胸が どきどきするような、見れなかったのに、その結果を読んだだけでそんな感じにさせてくれる人です。


さて、よく 勝つというイメージの強い人が勝つのだ、とも言われていて、それは「イメージ訓練法」として訓点の1つとなっていたりもします。

しかし、そのは それが何故なのかという詳しい分析が必要な世界です。

そうでなければ、同じように「戦車を投げ飛ばすイメージ」がリアルに描ける人は 戦車をも投げ飛ばせるという、とんでもない間違いを犯すことになってしまうものです。

そのへんのところが、 わたしがその手のものを読んだかぎりにおいては、すべて曖昧なままでした。

え? という感じになってしまいます。

マークハントという、私たちよりもはるかに健康な戦うイメージの持ち主のすぐれたファイトも、物理的なゆとりの世界での長い風雪のその差(くわしくはバックナンバーをみてください。)には、勝てませんでえした。

マークハントがセームシュルトに勝つには 物理的な面での工夫がもっと必要だったということです。

イメージ あるいは心の面だけでは 勝てないのです。

話をもとにもどしましょう。

わたしには、 アクセス解析とかのPC操作が苦手という物理的ハンディがあります。  もしかしたら死の床をさまよっていた子供の頃の時期は、 ちょうど分数を習う時期でしたから、 数学を習うチャンスが私には無かったのですが、 そのへんの基礎が 影響しているのかもしれません。

ともかく そのへんは まだまだ 盲目状態です。

もちろん、 その欠陥を 長いビジョンの内では逆転にもってゆく、むしろいかしてゆくビジョンももってはいます。

でも 今の今は こうして、たとえば、この文にしても、「もしかしたら、誰も読んではいないかもしれない」」という不安の中で書いています。

たった一人ぐらいは いるかもしれない とも思いつつ(笑)です。

巨大な情報の山の山奥にて、 あるいは巨大な情報のゴミ捨て場の奥の奥にて、中身はダイヤ以上の自信と誇りを持ちながら、 野良猫にさへ発見されずに、これを書きつづっているのかもしれないわけです。

さあ、 そのうえ、わたしは体力にも限界を持ち、そんな人間が60歳という歳にもなってしまい、 しかも、これから柔道も40年ぶりに始めようとしていて、 歌も実際にいよいよ、ある技術の開発を世に問おうとしてるのに、   これだけ無理をして、これを書き続けているのです。

総合哲学の力と、そこから生まれる情熱の心 闘う魂は どうかご理解ください。

たった一人でも もし読んでくださっているかたがおられましたら、どうか 私を越えてこの総合哲学を身につけてしまってください。

私自身は イメージとしては今 勝てるとかのイメージはありません。

でも物理的な余裕は それでも 今はあるんです。

こんな弱虫が 今はつよいです。  

セームシュルトにも負けません(笑)。

あしたも、 まだ、新体制は始まりませんので、

では、 あしたは、イメージ訓練法とは どのようなものなのか? どのように役立つものなのか?というあたりを、 これは 「ビジネス専科」のまとめのうちともなりますでしょうし、 スポーツでもよく語られ、かつ実際の成果にも繋がっているといわれてる世界ですから  

それを取り上げておきますね。

かなり変則的であることは もし読者がおられましたら もう充分わかっていただけてるとは思いますが、 ほんとに申し訳なく思っております。

精一杯それなりに、 誠意は尽くさせtいただきますので、 どうか この精一杯さに免じで 大きな心ですべてをご了承いただけると幸いです。

それでは、きょうも最後までご愛読くださり ありがとうございました。

もし、読者がおれれましたら、 なんというのか この弱い弱い長い風雪を潜り抜けてきたこんな人間にだからなのか、  今はそれにはとらわれていないはずなのに、       

うまく言葉がありませんがめちゃくちゃうれしいところでもあるんです。

書かせてください。  

ありがとうございました。


きょうは 以上です。


                      哲歌隊長浩 こと中村浩

(毎日 とぎらせることだけは、しません。 今取り組んでいる SEO対策の秘法も 公開してゆくつもりです。   「山嵐の技」なるその秘法とは(笑)。 ご期待ください。)

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2008-04-16

ちょいシャレビジネス哲学会(「なんでも体操」からのスポーツ時事評論)4月16日(水)

第200回 スポアフィリ(45)

200回ですが、お祝いなどをしている場合ではないようです。 しばし、リニューアルのためにお休みします。

「中身のバージョンアップ」とも言えますが、 それよりも、いきなり全く中身が変わってしまうと思います。

今のままですと、「ビジネス」とタイトル名で表示しながら「ビジネス専科」の部分を削りおとしたり、 ちっともビジネスと繋がる記事がでてこなかったりしますし、 「哲学会」と言いながら、 中身は「その日にやって来た読者」にとっては スポーツ時事哲学のみでしかなかったり、   この形のまま この体制を何年か続けたら、 ビジネス哲学の創造とは理解しがたくなってしまうと思います。

総合文化哲学は、 あらゆる文化ジャンルの有機的シナジー効果を創造してゆく、情報化時代の多元性(どこから進んでも「人間存在のあり方の頂上へと登山してゆける」時代性)にフィットするための哲学であることを標榜して このブログを始めたのであれば、

時間的に確かに 厳しい状況からの出発であったとしても、 1つ1つを、毎日積み重ねてゆく小さい
パートの短文に小分することで、 最初からもっと多くのテーマのブログを書いてゆけるはずだったところです。

私自身がその各パートの シナジー効果で全体を高めてゆくそういう闘いを、内容において模範として示すべきところでもあったと思います。

最初は、このブログに集中して、ともかくも走って走って走りぬいてみる必要性があったとも 思います。  サッカーのオシム路線と同じです。   風邪でかなり辛い時にも、しんから疲れが来ていると感じるような時も、ともかく私はなんとか200回まで走りつづけました。

その足腰抜きには、柔道で言えば「山嵐の技」という自由自在は技の理想を追求してゆくことはできないところでしょう。

サッカーで言えば 岡田路線のような 総合的なチームワークに賭けるという決断も、その「走り」の自力の上に可能だということです。

今まで 私はSEO対策は いっさいしてきませんでした。 といよりネットの世界からあまりにも離れた人生を生きてきたためでしょうが、ネットの世界に触れるといきなり思考不能になってしまうような苦手の分野であったために、 SEO対策をどうしても単なる表現の世界からは邪道の読者への曲がったゴマスリとのみしか理解できなかったのです。

もちろん、 その曲がったゴマスリの世界は、今巨大なまでに それも無神経にまかり通っていて、このままでは、極端な言い方をすればやがてネット界は地獄を見ます。   世の中のニーズ、検索の裏の自然なその流れに合わせるという美名のもとに、 表現の世界は個々の発行者の表現の魂を失い続けてゆき乱れに乱れて行き始めるでしょう。

それは今の柔道界において、 他の格闘技術を無軌道に取り入れてしかもごろごろ転がるだけでポイントを稼いでしまう、その場での勝ちのみにこだわった外国の柔道界が、 もしそのまま勝ちづづけてその駆け引きのみの試合となってしまったら、柔道には投げ技がいつかは一切なくなってしまうかもしれないのです。  極端な話に思えるかもしれませんが、 もしその駆け引きだけとなってしまえばそうなるということです。

同じ事が、さらに見えにくく、さらに複雑に進んでいるのが 情報化時代のそのSEO対策の姿なんです。

もちろん、柔道界にしても、、誰も柔道が柔道と呼べなくなるようなことは望んではいませんし、その場その試合だけの勝利のみでなくて、 普段からなんとか勝利も技も守り向上させようと努力している方は大勢います。

同じように、 この気がつきにくい巨大は危険の進行にたいして、なんとかしようとしている方はたくさんいると思います。

でも グーグルとの喧嘩みたいな小手先のテクニック(よく知りませんが)とかを使って、ともかくその技術とかを吸収するだけでは、柔道で言えば外国の真似を取り入れるだけとなり、 それだけでは根本の解決にはなりません。    あくまで 総合化とシナジー効果をここに新たに探らなければならない時だと私は思います。

正しいビジネスは、 大衆のニーズだけでなく、その裏の幸せまでを分析しなければいけないのです。  まったく松下幸之助の言われているとおりです。

その上でのみ、 市場の流れの分析を事業という社会的価値の創造へと生かしてゆけるのです。

ほんとうは あたりまえのことです。

人として生きていて 哲学する脳を持っているならば、それは当然のあり方です。

真に今の情報検索の流れに合気したビジネスなりサイトの構築をめざすならば、 その裏の「人の生涯の幸せ」をこそ哲学出来なければならないでしょう。

むずかしい舵取りが必要とされているのでしょう。

しかし、 哲学を旨としする「哲学会」を標榜するこのサイトが、その合気の模範を示せなくてなんなのでしょう。

時間が無いことは 言い訳にはなりません。  細かく各パーツに分けて、 それをこの「哲学会」のサイトという指令塔でコントロールしてゆけばいいわけです。

まだ これから考えてゆきますが、  このスポーツ時事は、別のブログで扱うことになるでしょう。

このブログのページ自体は 「生きた哲学」が中心のブログとなるでしょう。 

すべてが、大幅に変わっていくことになります。

 この指令塔のブログは いよいよ「存在」についての思索を いろいろ検討してゆきます。


もちろん、「中学生にも解かる」形でです。 すべて内容の深い事も、それを言葉でも形で理解している限り、それは言葉の基礎をひととおり学習した人間の脳には すくなくともその入り口は表現できるはずだからです。 もし出来ない部分があるとするならば、それは言葉の限界がそこにあるからなだけです。   哲学者が その解かりやすさを徹底哲学しないということは私には考えられません。

できうる限り解かりやすく、 人生(人の世)の思索根幹(考える根本(ねもと))の世界を表現してゆくつもりです。

その指令塔の元に 場所は他のブログの形に移しますが、 このスポーツ時事のブログはもちろん「今日のスポーツお笑い」も含めて(笑)ですが、ひきつづき、つづけてゆくかたちとなるわけです。

それも 多少短文となるとある形に変えてゆきます。  時間的にも短文にしないと物理的に出来なくなってしまうからです。

内容を落とすわけではなくて、 日数をかけてひとまとまりの評論を書いても時事に遅れないような形を工夫するということです。   あくまで、 このスポーツ時事評論のクオリティー自体を落としてしまうようなことはしません。

そして、その他、たくさんのブログが一気に増える形となっていきます。

候補のテーマは たくさんありますが、 全部今の時間帯にて出来るわけではありませんし、 しばし、充分検討させていただきます。

以上の理由にて しばらく このブログはリニューアルのためのお休みとさせていただきます。

巨大な改善のための「意思決定」(笑)です。  どうかご了承ください。

それでは、 時事のつづきは、 しばしお待ちください。

あしたも このお知らせです。


                           哲歌隊長浩  こと中村浩


アフィリエイトも その中で 全てのパーツが受け持つのではなくて、必須分野でのみ扱う形にすればそれぞれ的は絞られますし、 かつ全体では相乗的なにぎやかな効果を作り出してゆけるでしょう。

それで、かくパートの 専門性が乱れてしまったり集中力を欠いてしまったりするのではなくて、かえってお互いが生かされあいよりつよくなってゆくような そんな総合格闘技の理想を、 わたしは、
こににて求めてみたいのです。

まさに、本来の柔道の理想「山嵐の技の理想」と 同じですね。

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2008-04-15

ちょいシャレビジネス哲学会(「なんでも体操」からのスポーツ時事評論)4月15日(火)

第199回 スポアフィリ(44)

A8ネットの方はしばらく 使えそ