2007-09-30
ちょいシャレビ哲 第27回【言葉】(笑理の宴)13
(笑理の宴)13
きょうは、洞穴の中の旅人のお話です。
もっとも深遠な哲理のお話となるでしょう。
くらーい、どころかさらに暗い洞窟の中の旅人のお話です。
人は太陽にこそ「希望」を見出します。
心の世界で言えば、何者をも包み込む太陽のような大きな心にこそ、人は誰も心の奥底、無意識の深みからはそこにこそ「希望」を求めているはずなんです。
でも、いざ、本気でその「希望」の光を探ろうとして、心の世界の真実を見つめようとすると、そこに見えてくる世界は、間逆の「闇」の世界です。
人間の世界はサル等の他の高等生物とは大きく異なる「見つめる目」があります。 自他の状況を客観的に「見つめる」能力です。 だから反省し進歩し、人間の文化と言えるものが発展してきたわけです。
でもそこでさらに、心の世界を見つめ始める時、我々人間はそこに「闇」の世界をも見ることとなります。
五感の奥には、常に「欲」がからみ、そこには自我や利己の心も関わるとともに、同時に人間はそれに巻き込まれない「目」も持ってて、「社会性」とか「倫理」とか「道徳」とか「人間的価値」とかの模索も行ってきたわけです。
この自我と無我、利己と利他の狭間(はざま)にて、本気であるならば、人は「闇」の世界に紛れ込むのです。
くわしくは、今回は残念ながら紙数の関係で書けませんが、
たとえば、昔には仏教の世界で、その求道者たちがこの闇の世界を見つめています。
この真っ暗な いやそれを越えて真っ黒でさえある闇の世界の
「洞窟の中の旅人」となっていったのです。
そのことを仏教徒の場合は、「海の砂粒のような無数の迷い」の世界と表現しています。
ほんとうの菩薩の世界とは、ほんとうの利他の世界とは? とそこまで思索の旅を推し進めさへしなければ、その迷いはやって来なかったのに。
キリスト教の場合は ここまで本気の人間性の求道は少ないようですが、その分、時としてその闇の世界は、まさに闇の中の闇をさまよう「洞窟の中の旅人」そのものでもあったのです。
すみません、このような解説とともに書こうとすると今日の分の文はさらに長くなってしまいますので以後簡単にまとめます。(べつなカテゴリーの時にくわしいこのへんのエキサイティングなお話の続きを書きましょう。)
ビジネスマンがそこまで深く哲学する必要は無いと思うかもしれませんが、ともかく昔の求道者たちは、この心の洞窟の旅路を時に絶望の淵をさまよいながら、それでも希望の光を求めて歩き続けたんです。
だからこそ、そこに見つけた光はたった一点でさへ、もはやどんな苦しい時にも消えることないまさに思索の希望の光たりえたのでしょう。まさに永劫の力強い光たりえたのでしょう。
悟りの世界とかは、私たち凡人にはそのさらに向こうのとてもたどりつけないような世界なのでしょうが、こうしてそのような求道者たちは、私たちの「哲学」の旅路に勇気を与えつづけてくれています。
そこまでの闇と光の深き淵の旅ではなくても、
わたしたちの哲学の道、思索の道は、すべてが、謎や迷いからの脱出の道です。
ある意味闇を破ることこそ、哲学の知性の道であり、そのすべては「太陽」への道であり、より明るいこころへの道であり、旅路であり冒険旅行であり、「「笑理の宴」」への
「ちょいシャレビジネス哲学会」の道ななn な な
最後がすこしドモッテしまって上手くかけまsssせん(笑)でしたが、
きょうの「ハハハ」の漢字パズルは、じつは遊びとか語呂合わせとかいうより、言語学的にももっと検討されていい破のお話でもあったんですよ。
人は 無知、無明の闇を突き破った時こそ真に明るい笑いを破裂させる生物でもあるのです。
あ 破破破破破破破 破破破破破破破破破破破破破破破!!!! ♪。
((編集後記))
きょうは日曜日ですが、午前中に想定外の仕事が入り、それも想定外の雨と風の中の作業となりました。
でも、きょうの仕事(現場仕事)はそれだけでしたので、あとはこの編集後記もゆっくり書けそうです。
さて、きょうの本文の文とも関係ありそうですが、
太陽のような心とは、あまりにも広い心であるか それに向かう心のことを言います。
でも あまりにも広い心は、そのままでは広すぎて知性や心に捉えられなかったりもするところです。
感性の世界のその奥は、まさに太陽のように広大な世界です。理屈をこえてそれは巨大すぎる世界でもあるのです。
もし このブログがその感性の世界だけで進めてゆくとしたら、とても現実の私たちの心やニーズとともに歩むことはできなくなるでしょう。
広すぎるがゆえにかえってマイナーな一部の人の哲学となってしまいかねません。
そこに必要なのが 月の光の道筋です。
ほんものの月の光は、ほんものの太陽の光を反射しています。
偽者であっては意味が無いですが、月という知性のフィルターをとおした感性の表現の道が本物ならば、 それもまた、太陽に通じる道であり、笑理の宴への旅路です。
しかも、月ならば、それは人のニーズと合流し、そのままビジネスとも通じてそのツキをも呼び込む道ともいきいきとシナジー(相乗効果)を生む思索展開にもなってゆきます。
しばし後、このブログは、じつはそれを太陽と月に例えるならば、月食の世界に突入してゆきます。
はっきり人の心の中の欲望の世界を扱います。知性をとおした本物の月としてその泥沼の世界をも扱います。道徳の世界もきれいごとの世界としてではなくむしろ非道徳の世界を正義の道の一つとしてうかびあがらせたりもします。
が、その裏にはまさに太陽こそが その本物の感性こそが隠されている世界。 そのような月食の世界に突入してゆくといういことなのです。
これこそ、そこにツキを呼び、運を呼び、運機をも呼びこんでゆくブログとなってゆく事始めとなってゆくでしょう。
具体的に何を書いてゆくのかは もう少しの間秘密(笑)ですが、
いよいよ あと何日かでこのカテゴリーもひとまず終わり(中断し)、その月食への突入していくのですから、編集後記ではそろそろご紹介を始めておこうと思いました。
では、あしたの「編集後記」もお楽しみに。 (本文もですが(笑))。
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